なぜこのような悲惨な状況になっているのかと言えば、生活困窮者が必要な支援を受けられる体制が整っていないからであろう。生活保護の制度はあるが、それを簡単に受給できるシステムになっていないのである。

生活保護を使いやすくするための制度見直しについては、以前も当コラムで提案したが、申請者の親族に対して行われる扶養の可否の照会はやめてはどうかと思う。他の先進国を見ても、ほとんどの国では受給条件として問われるのは個人の資格だけである。親族に頼めないから役所へ申請に行っているのに、その役所から親族に連絡がいくというのでは申請できなくなってしまう。

米国では生活苦にあえぐ低年金者・無年金者は65歳になれば、収入・資産の要件を満たすだけで月額約800ドルのSSIを受給できる。また、SSIと公的年金を受け取る役所が同じ社会保障局なので、SSI受給者にとっては「福祉をもらっている」というスティグマ感がほとんどないそうだ。このように生活困窮者のセーフティネットは使いやすいシステムにすることが大切であり、この点は米国の制度から見習うべきだと思う。

また、米国には低所得高齢者が収入の30%を払えば入居できる家賃補助制度がある。日本には低所得者向けの公営住宅はあるが、圧倒的に数が足りない。そのため、下流老人の多くは仕方なく民間住宅に住み、「家賃で収入の大半が消えてしまう」という状況に追い込まれている。一刻も早い低所得高齢者向けの家賃補助制度の導入が求められるところだ。

高齢者の貧困率は日本の方が高い

「貧困大国」と呼ばれる米国だが、実は65歳以上の高齢者の貧困率は日本よりずっと低い。米国勢調査によれば、2014年の米国の貧困率は14.8%だが、65歳以上の高齢者に限れば10.0%である。一方、厚生労働省が2014年7月にまとめた「国民生活基礎調査」では、日本の貧困率は16.1%で、65歳以上に限ると18.0%となっている。国全体の貧困率は両国で大きな違いはないが、65歳以上の貧困率では日本は米国よりもはるかに高い。なぜこのような結果になるのか。

米主要誌『USニューズ&ワールドレポート』は2014年1月、「対貧困戦争における最大の勝者は高齢者」と題する記事を掲載した。それによれば、米国では過去50年間(1964~2012年)に国民全体の貧困率を19.0%から15.0%に下げることに成功し、特に注目すべきは65歳以上の高齢者の貧困率を28.5%から9.1%と3分の1に減らしたことだという。

米国が高齢者の貧困率を大幅に下げることができた最大の理由は、社会保障制度を充実させたことだ。公的年金の「老齢・遺族・障害年金」(OASDI)の制度を充実させ、多くの高齢者の生活を安定させた。約2600万人がその恩恵を受け、貧困から抜け出すことができたそうだ。同時に低所得者への支援策として税額控除による還付金、フードスタンプ、SSI、住宅補助、低所得家庭光熱費補助プログラム((LIHEAP)などの充実にも力を入れた。

OASDIは保険料である社会保障税を10年以上納付すれば、退職後に年金を受け取れる制度である。これを運営する連邦社会保障局(SSA)によれば、米国の労働者の約94%はOASDIに加入し、社会保障税を払っているという。会社員と公務員は収入の6.2%を払い(同率を雇用主も負担)、自営業者は12.4%を支払う。受給は66歳まで待てば満額を、62歳からは減額を受け取ることになる。

日本の公的年金制度と大きく違うのは、OASDIは会社員、公務員、自営業者が納めた保険料は全て社会保障信託基金にプールされることだ。日本では会社員は厚生年金、公務員は共済年金、自営業者は国民年金と分かれ、保険料も別々にプールされ、支給額もそれぞれ大きく異なる(2015年10月に厚生年金と共済年金は統一されたが、国民年金は置き去りにされたままである)。国民年金は保険料を40年間払い続けても満額で6万5000円しかもらえず、年金で生活できない下流老人を増やす要因にもなっている。

OASDIは保険料がまとめてプールされるので、公務員、会社員、自営業者の年金受給額に大きな差はない。保険料を支払った期間や総額、年齢などが同じなら、基本的に受給額も同じレベルになるからだ。また、低所得者の年金受給額の割合(支払った保険料に対するリターンの率)は高所得者のそれより高くなっている。つまり、年金の所得再分配機能が発揮され、高所得者に厳しく、低所得者に優しいシステムになっているのだ。

また、低年金で受給額がSSIよりも少ない場合は、連邦社会保障局に申請すればその差額を毎月受け取ることができる。SSIとOASDIは同じ連邦社会保障局が運営しているので、SSIの申請も容易にできる。生活保護を申請するためにわざわざ自治体の担当部署に行っても親族の扶養可否などについて聞かれ、なかなか承認してもらえない日本の状況とは大きく異なる。