「認知症の発症を約4年遅らせる」

続いて、米国ケンタッキー大学のレキシントン病院のブライアン・ゴールド神経学博士が2013年1月に発表した調査で、さらに興味深いことがわかった。バイリンガルとモノリンガルの高齢患者計110人を対象に注意力、思考力、認知能力のテストを行ったところ、バイリンガルの人はモノリンガルの人よりも思考力が高く、また色や形を識別する能力も優れていたという。

彼らの脳内で何が起きているのかをスキャナーで調べると、モノリンガルの脳はテストの質問に答えるために懸命に頑張っていたが、バイリンガルの脳はまるで若い人のように余裕を持って機能していたそうだ。

前出のフィッシャー博士と同様に、ゴールド博士もバイリンガルの人は使う言語によって頭のスイッチを切り替えることで神経回路が強化される可能性があると指摘した。その結果、認知症によって引き起こされる神経細胞の損傷による機能低下を防いでいるのではないかということだ。認知症の発症や症状進行を遅らせるには認知機能の低下を抑える「認知的予備力」を蓄えることが必要だと言われるが、バイリンガルの人は頭のスイッチの切り替えによって、その予備力が蓄えられるのではないかという。

さらに2014年12月、ベルギーのゲント大学の研究チームが「バイリンガルの人はアルツハイマー病の発症を約4年遅らせる可能性がある」との調査を発表した。研究チームはアルツハイマー病の治療を受けている患者134人(うち65人はバイリンガル、69人はモノリンガル)を1年以上にわたって追跡調査した。その結果、バイリンガルの人がアルツハイマー病と診断されたのは平均77歳で、モノリンガルの人より平均4年遅いことがわかった。

そして報告書は、「2つの言語を操ることは脳のトレーニングとなり、神経細胞を刺激し、加齢や認知症による脳機能の低下を防いでくれるようだ」と述べた。 

第二言語を学ぶメリットは大きい

日本では早期英語教育を巡り、日本語での表現力や思考力が未発達な時期に英語を身につけようとしても無理があると主張する人がいる。実は同様の指摘はバイリンガル教育の盛んなカナダでもあり、小学生がフランス語の勉強に一生懸命になり過ぎると、「英語が正しく話せなくなるよ」と言われたりするという。

しかし、これまで述べたような研究調査が次々に発表されたことで、バイリンガルであることのメリットが見直されてきている。

SMHのフィッシャー博士は言う。
「バイリンガルになるというのは良い事ばかりです。特にアルツハイマー病などによる脳機能の低下を抑える効果が期待できるので、年をとってからのメリットが大きいと思います」。

カナダのセント・マイケルズ病院の
コリーン・フィッシャー博士

老年心理学者のフィッシャー博士はSMHで認知症が疑われる患者の診断や治療の研究を行っているが、バイリンガリズムの研究がさらに進めば認知症の症状進行を遅らせるだけでなく、治療にも役立つだろうと指摘する。

「これまでの研究で複数言語の使用は脳機能の低下を抑える“認知的予備力”の強化に役立つらしいことはわかりましたが、バイリンガリズムが脳機能にどう影響するのかの科学的なメカニズムはまだ解明されていません。それができれば認知症の治療にも役立つと思います」。

そうすれば世界中で多くの高齢者が認知症の発症を遅らせ、治療にも期待が持てるようになるかもしれない。