ものすごい勢いで高齢化が進む日本の大きな課題は、介護サービスの需要の増加に人材の供給が追いついていないことだ。特に団塊の世代が75歳になり始める2025年には、介護を必要とする人の激増で介護職員の不足がおよそ37.7万人にのぼると言われている(厚生労働省の推計)。人材不足の背景には介護職員の低賃金(安すぎる介護報酬単価)や過重労働、介護保険制度の財政難などの問題がある。

一方、「世界一幸せな国」のデンマークは「介護先進国」として有名だが、高齢化に伴う介護費増加の問題を「施設から在宅介護への転換」政策でうまく乗り切った経験を持つ。デンマークの介護システムから日本が学べることをさぐってみよう。

必要な介護を無料で受けられる安心感

日本の介護保険制度の利用者からみれば夢のような話かもしれないが、デンマークでは65歳以上の高齢者は必要な介護サービスをいつでも無料で受けられる。しかも住み慣れた自宅で生活しながら在宅介護を受けるか、介護施設に入るかを自分で選択できる。それは在宅介護を選んでも、施設にいるのと同レベルの介護サービスを受けられる体制が整っているということである。実際、高齢者の多くは住み慣れた家にずっと住みたいと思っているので、施設か在宅介護かを選べるというのは重要だ。また、在宅介護を選んだ人は掃除、洗濯、調理、買い物などの生活支援も受けられる。

日本の介護保険利用者の中には、「利用制限が多すぎて必要なサービスが受けられない」と不満をもらす人が少なくない。例えば、東京都社会福祉協議会が実施した「介護保険利用者のアンケート調査」(2009年)でも、訪問介護サービスを利用する上での不便・不都合なこととして、「サービス時間が短いのでお願いしたいことも我慢している」「家族が働いていたり、体調が悪かったりして家事ができなくても、同居していると調理や掃除などの生活援助サービスが受けにくい」「夜中の介護が必要な時間にヘルパーに来てもらえないことがある」などの回答が多く寄せられている。

このように介護保険制度では必要なサービスをなかなか受けられない上に、2015年8月から利用者の自己負担が一定収入以上(前年の合計所得金額が160万円以上)の人は1割から2割に引き上げられたことで、人々の不満は一層高まっている。

施設から在宅介護への転換

「介護先進国」と呼ばれるデンマークも、かつて介護費増大の問題を抱えたことがあった。1960年代に高齢化率が10%を超えたことで、デンマーク政府は「プライエム」という介護施設を多数建設する計画を推進したが、結果的に施設の建設費を含め介護費の大幅な増加を招いてしまった。加えて、当時実施した研究調査で、介護が必要になった高齢者をすぐに施設に入居させるよりも、必要な介護サービスを受けながらできるだけ長く自宅に住んでもらった方が、高齢者の健康維持の面からも費用の面からも効果的だということが示された。

そこで政府は1982年にプライエムの新規建設を中止し、在宅介護を主体とした介護サービスへの転換を図った。同時に高齢者介護の基盤となる「高齢者三原則」(1.生活の継続性の維持、2.自己決定の尊重、3.残存能力の維持・活性化)を定めた。
この三原則は在宅介護サービスにも反映されているが、具体的には介護が必要になってもできるだけそれまでの生活を断絶せずに継続性を持たせ、高齢者自身の自己決定を尊重し(周りもそれを支え)、残っている能力や機能に目を向けて自立を支援していくことである。

デンマークの介護の基本理念には、「ノーマリゼーション」と「セルフ・ヘルプ支援」の考え方がある。前者は、障害や病を抱えた人をできるだけ健常者と同じようにノーマル(普通)に暮らせるように支援すること。後者は高齢者を過度にケアするのではなく、自分で問題を解決できるように方向づけをしながら支援していくことだ。

年をとって体の機能が衰えても全ての事ができなくなるわけではないので、介護職員としては利用者に何を支援するべきかの判断(見極め)が重要になってくる。本人ができることまでやってしまうと、自立機能の維持という面ではマイナスになりかねない。高齢になっても自分にできることをすることで残存能力を活性化させたり、自尊心を高めたりできるのである。

一方、日本の介護保険制度では、利用者が「自分でできないから」と頼んでも、「規定外なのでできません」と断られてしまうことが少なくない。特に掃除、洗濯、調理などは細かい規定があってなかなかやってもらえないようだ。どこまでやってあげるかの見極めは難しいが、やってあげないことで、利用者が無理してやってケガをしたら元も子もない。かえって介護費や医療費が高くついてしまうだろう。

デンマークでは細かい要介護度認定や利用制限がないので、職員は目の前にいる利用者の状態をよく見ながら、柔軟に対応することができる。時には利用者と一緒に座って話を聞くだけのこともあるが、それによって彼らの本当のニーズや問題をよく知ることができ、介護の仕事がやりやすくなるという。