外国からの「安楽死希望者」を受け入れる国

グドールさんを受け入れたスイスは、「私利私欲に基づかない」などいくつかの条件付きで、「自殺幇助」を認めている。また、スイスは外国からの「自殺願望者」「安楽死希望者」を受け入れて支援を行っている、世界で唯一の国だ。

医療倫理の専門誌によれば、2008年から12年の5年間にスイスを訪れた「安楽死希望者」は611人に上り、その平均年齢は69歳で、約半数はパーキンソン病、多発性硬化症など神経性の疾患を抱えた人たちだという。

スイスの規定では、「末期症状を抱えた者」を対象とし、「医師の診断記録を裁判所が確認した上で、“自殺幇助“を提供するかどうか判断する」とある。つまり、高齢の「安楽死希望者」なら誰でも認めるというわけではないのだ。しかし、グドールさんのように末期症状を抱えていなくても認められたケースもあるので、個々の状況に応じて柔軟に対応しているのかもしれない。

ここで、「自殺幇助」(assisted suicide)と「安楽死」(euthanasia)の違いについて少し説明しよう。自殺幇助は自殺する人を助ける行為で、例えば、医師が末期患者に致死薬を処方することなどが含まれる。安楽死は苦痛などから解放させるために第三者が介入して患者の命を絶つ行為で、医師が致死薬を投与するのはこれに含まれる。

しかし、このような違いはあるものの、現実には自殺幇助も安楽死の行為の一部として使われることが少なくないようだ。例えば、厳密に言えばスイスが認めているのは自殺幇助だが、実際には「スイスは安楽死を認める国」として知られているのである。

スイスの他にも自殺幇助、安楽死を認めている国はある。オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダのケベック州は自殺幇助と安楽死の両方を認め、南米のコロンビアは安楽死だけを認めている。また、米国の6州(オレゴン、ワシントン、バーモント、モンタナ、コロラド、カリフォルニア)は自殺幇助だけを認めている。

スイスの最大の特徴は外国からの希望者を受け入れていることであり、国内にはスイス在住者のみに自殺幇助の支援を行う「エグジット」と、外国人への支援を行う「ディグニタス」がある。外国に住む人たちも「ディグニタス」に登録し、入会金と諸費用を合わせて約7000ドル(約77万円)を払えば、スイスで安楽死することができる。前出の橋田さんが、スマホで見つけたスイスの自殺幇助団体は「ディグニタス」だったのである。

日本ではなぜ安楽死が認められないのか

橋田さんは前述した記事の中で、安楽死を望むようになった理由をこう述べている。
「あの世で会いたいと思う人はいません。この世でしたいと思うことは一杯しました。(中略)心を残す人もいないし、そういう友達もいない。そういう意味では、のん気な生活を送っていますけれど、ただ一つ、ボケたまま生きることだけが恐怖なのです。周囲には、“私がボケてると思ったら言ってね”と話してあります。もし、そう言われたらすぐにでもスイスに行く準備にかかろうと思っています」。

橋田さんが認知症の初期症状を訴えただけで、スイスの団体から自殺幇助の支援を受けられるかどうかわからない。しかし、大切なのは自分がどんな死を迎えたいかを考え、主張し、行動することではないか。

前述したように、日本では現在、「尊厳死」や「リビングウィル」の議論が超党派の議員の間で行われているが、法案の提出には至っていない。その背景には、「尊厳死を認める法律ができると、障害者が尊厳死に追い込まれるのではないか」との懸念が関連団体から示されたり、「延命治療を中止することで、高齢者の医療費抑制という国の方針に同調しているのではないか」との反発が出たりしていることがあると聞く。

しかし、障害者関連の懸念については、「障害者を対象にしたものではない」と法律に明記して、悪用されないための審査を厳しくすることで対応できるのではないか。また、猛スピードで高齢化が進む中、高齢者の医療費抑制が重要な課題となっているのは確かだが、延命治療を断る権利を認めることと(それによって家族や医師が責任を問われるのを防ぐことができる)、医療費抑制とは全く別の問題である。延命治療の中止は自分の意思で死を迎える選択権であり、高齢者に対して「早く死んだ方が良い」というメッセージを送っているわけではないのだ。

グドールさんは104歳の誕生日を迎えた直後、オーストラリアのテレビ番組で「ハッピーな誕生日でしたか?」と問われて、こう答えた。
「いいえ、ハッピーではありませんでした。私は死にたいのです。それは特に悲しいことではなく、本当に悲しいのは、死にたいのに死ねないことです。私の心情としては、自分のような高齢者は自殺幇助を受ける権利を含めた市民権を認められるべきだと感じています」。

橋田さんのように日本で「安楽死で逝きたい」と考えている高齢者は、この言葉をどう受け止めるだろうか。前述したように、日本でも7割以上が安楽死の合法化に賛成しているのだ。

朝日新聞(2010年11月4日付)が行なった死生観に関する世論調査では、「自分が治る見込みのない末期がんなどの病気になって苦痛に耐えられなくなった場合、投薬などで“安楽死”が選べるとしたら、選びたいと思いますか」との質問に、「選びたい」が70%、「選びたくない」が22%だった。また、「“安楽死”は現在の日本では法律で認められていません。“安楽死”を法律で認めることに賛成ですか、反対ですか」との質問には、「賛成」74%、「反対」18%だった。

このような状況にもかかわらず、日本ではなぜ、安楽死を認める法制化の動きが進まないのか。その理由としては、日本人は心の中では安楽死に賛成と思っていても、それをはっきり口に出したり、政治家に法制化を求めたりなどの行動を起こす人が少ないこと。それから、政治家が国民の考えや要望をしっかりとすくい上げて、それを踏まえた議論や法制化の準備作業をしていない可能性などが考えられる。

自殺幇助や安楽死の権利を含め、自らの意思で死を迎えることができる社会にするのかどうか、これは全ての日本人が自分で考えなければならない重要な問題なのである。

自らの意思で104年の人生を終えたデビッド・グドールさん(写真提供:The Daily Beast)
自らの意思で104年の人生を終えたデビッド・グドールさん
(写真提供:The Daily Beast)