糖尿病を治療しながら、心不全を予防する

糖尿病になった場合は、その悪化を抑えて心不全発症を防ぐことが課題となりますね。

桑原 その通りです。しかし、以前はそれがなかなか難しいことでした。もちろん糖尿病の治療薬はありましたが、その薬によって糖尿病の悪化は防げるものの、心疾患発症に対する抑制効果という点では多くは期待できませんでした。逆に糖尿病治療薬の一種であるチアソリジン誘導体などは、インスリン抵抗性改善による血糖降下作用は確かにあるものの、副作用として心不全や肝機能障害を起す危険性が指摘されています。

糖尿病の治療薬が、心不全につながるのですか。

桑原 一方で同じ糖尿病治療薬であるメトホルミンには、心不全を増やさない、また心不全を合併した糖尿病患者の予後を改善する可能性のあることが一部では知られていましたが、日本では欧米と比較して普及が遅れました。こうした状況もあり、循環器内科と糖尿病専門医の間では、治療方針に関して微妙な意見の食い違いがありました。要するに循環器内科からすれば、単純に血糖を下げるだけでなく、心筋梗塞や心不全も予防もしくは治療する戦略が望ましい。一方で糖尿病の先生方からすれば、糖尿病から心不全へとつながるリスクは理解できるものの、両方の疾患に対して明確に効果のある薬がないため、とりあえずは血糖を下げることを優先せざるを得ない。

そうした状況を一変するのが「SGLT2阻害薬」であり、だからガイドラインにも掲載されたのですね。

桑原 SGLT2阻害薬は、血液中の過剰な糖を尿中に積極的に排出することで血糖値を下げる薬といえます。これは糖が出ることが悪いという糖尿病の常識を覆す画期的な発想の薬ともいえます。そして、これが心不全予防と治療にも効果があります。

『急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)』の心不全予防に、「心不全予防のための危険因子に対する介入の推奨とエビデンスレベル」という項目があります。その中で肥満・糖尿病の場合には、心血管既往のあるⅡ型糖尿病患者に対するSGLT2阻害薬が、推奨レベルⅠ、エビデンスレベルAと記載されています。

推奨レベルⅠは「手技・治療が有効・有用であるというエビデンスがあるか、あるいは見解が広く一致している」ことを意味し、エビデンスレベルAは、「複数の無作為介入臨床試験、またはメタ解析で実証されたもの」を意味します。要するに、SGLT2阻害薬は糖尿病を治療しながら、心不全の予防効果もある薬としてお墨付きを得ているのです。

SGLT2阻害薬は、なぜ心不全も予防してくれるのですか。

桑原 その機序は、今のところまだ明確にはわかっていません。そもそもSGLT2阻害薬は、腎臓にある糖を再吸収するトランスポーター「SGLT2」をブロックし、尿中に糖を排出して血糖を下げます。SGLT2はナトリウムの再吸収にも関わっているので、これを抑えることで塩分も排出されます。さらに尿の量が増える、つまり利尿作用によって体液が減ります。また血圧が少し下がることもわかっています。

利尿作用があり、血圧を抑えるとなれば心不全に良さそうですね。

桑原 糖を排出するのは、すなわちカロリーを体外に出すことなので、当然体重も減ります。平均すると半年で約2~3kgは減少します。この内の3分の2が脂肪で、脂肪の半分は内臓脂肪です。仮に体重が3kg減れば、内臓脂肪が1kg減る計算です。内臓脂肪が減れば、長い目で見て動脈硬化の抑制や心血管病の発症予防につながります。このSGLT2阻害薬が、日本で使われるようになったのが2013年頃からで、糖尿病治療と心不全予防を同時にできるようになりました。

SGLT2阻害薬のように画期的な薬は、他にもあるのでしょうか。

桑原 GLP1受容体作動薬があります。GLP1はホルモンの一種で、血糖値を下げる働きがあります。GLP1は、消化管の中に食べ物が入ると腸管から分泌され、すい臓に運ばれてインスリンの分泌を促します。つまりGLP1を注射すれば、インスリンが分泌されて血糖を下げる。加えて、GLP1が脳や血管に働いて食欲を抑制したり、動脈硬化を抑制する作用のあることが基礎研究でわかっています。従ってGLP1受容体作動薬も、血糖を下げると同時に動脈硬化や血管の炎症を抑制してくれる可能性があります。ただし、心不全に関する効果は今のところニュートラルであり、特に目立った効用はないようです。

いずれにしてもSGLT2阻害薬、GLP1受容体作動薬ともに新しく開発された薬であり、まだまだわかっていない部分が多くあります。そのため私を含めて世界中の医学者が、その解明に取り組んでいるところです。