医療をやらないコンセンサス

第1回は、医療費の適正化をいかに進めていくかというお話をお伺いしました。これについて、医療現場ではどのような課題がありますか。

中村 これまで私たち循環器内科の医師は、たとえ90歳の患者さんに対しても、心筋梗塞があればカテーテル治療を行ってきました。とはいっても、さすがに寝たきりの患者さんに対して行うことはまずなく、高齢とはいえ元気に歩いたり、自分自身でご飯を食べることができるような方が対象です。

ところが、救急で運ばれてきた場合には、そうした状況を把握できないので、とりあえず治療に当たらざるを得ません。その結果、果たして適切な治療だったのかと術後に悩むケースもあります。一方で、外来で普段から診ている患者さんなどは「私に何かあっても助けないでいいからね」と延命希望をされない人もいます。

そんな患者さんに限って、いざという時には遠くにいる家族や親族が色々なことを言ってくるケースもよく聞きます。

中村 患者さん自身が外来で来られるたび、「延命治療は望まない」と言われていたと説明しても、家族の感情が収まらないのもよくわかる話です。そこで今後の課題となるのが、一定以上の医療をやらないというコンセンサスを、関係者の間でどのように取っていくか。医療が高度化すればするほど、どこで医療を止めるのかを考える必要が出てきます。言ってみれば医学界全体にとっても、大きな方向転換が求められているわけです。

3月に行われた日本循環器学会の医学会総会でも「死生学」がテーマに取り上げられて話題となりました。

中村 これまでの医療は『一週間でも長生きできれば良い』を原則とすることで、家族を含めた患者さんと医師のコンセンサスが取れていました。しかし、これからはどこまで医療を施すのかをあらためて考え直す必要があります。これは医療の世界におけるパラダイムシフトです。

とはいえ、すでに心不全治療の最前線では、毎日のように「どこまで治療を続けるのか。どこで治療を止めるのか」が議論されています。この「どこで」の判断基準が点数化されたフレイルになる可能性は否定できません。