このエイジフリーという名称は、スタート当初からのものですか。

斉藤 物理的障壁、生活負荷、介護負担の軽減を目的とした、「バリアフリー」「ストレスフリー」「ケアフリー」という3つのコンセプトは、エイジフリーの創業以来、変わらぬ理念です。

図-2 パナソニックのエイジフリー

エイジフリーのコンセプトや目的を対外的に披露したのは1998年4月です。この国際福祉機器展は今回で42回を数えますが、初めてエイジフリーというブランドで発信したのが、同展示会25回目のときでした。以来、42回まで出展を続け、エイジフリーとしての出展は今回で18回目になります。

黒字に転じたのが2008年頃と言われましたが、国際福祉機器展への出展にあたり、予算面や製品化など、ご苦労されたのではないですか。

斉藤 初出展した1998年は、松下電工創業80周年という節目の年で、ほぼ同時期に“A&I 80(アメニティ&インテリジェンス)展示会”が開催されました。その中核の新事業として位置づけられたのがナイス・エイジフリー事業で、お披露目の意味も併せた発表の場となりました。当時のエイジフリー部門は20名足らずで、商品は私も含めて少人数で開発した入浴介護用品やトイレ、建材、バスルームがわずかにあるばかりで、松下電工の関連商材を集めて、なんとかエイジフリー関連商品として店構えをしたものでした。

以来、車いすや電動介護ベッド、リハビリ機器など商品の充実を図りながら、毎年出展。予算が厳しく出展が危ぶまれた年もありましたが、当社の取り組みを社会や業界に発信するという信念で、規模や展示内容を関係部門と相談、調整しながら現在まで出展を継続しています。

商品も拠点もほとんどなかった創業時から比べると、現在は商品ラインナップも充実し、利用者さんとの接点となる拠点も増え、出展する事業部門もパナソニック各社に拡がりました。少子高齢化に対する課題意識、関心が高まっているここ2~3年は、国際福祉機器展も来場者数、出展者数も過去最大規模になっています。

第1回終わり(第2回に続く)