明日亡くなるかもしれない人を最優先で受け入れる
それが「高齢者ホスピス」の使命

厳しい経営を迫られている高齢者施設が多い中で、入居者を選ぶという発想はなかなかできないことです。

大塚 今は様々なタイプの高齢者施設が急増し、入院者、入居者を確保するのが難しい時代になりました。このような時代にあって、私にとって最大の関心事は“自分たちにしかできないことは何か”です。そして辿りついたのが余命の短い、完全に先の見えた高齢者の受け入れでした。病気や障害の治療というより、今日1日、少しでも穏やかに過ごし、豊かに旅立ってもらうために何ができるのか。同時に、ご家族にも納得し共感してもらうことが大切です。

現在はどのような展開になっていますか。

大塚 先の見えた、余命の短い高齢者を多く受け入れるとなると入退院が多くなります。また、最期だけでも当病院でという要望に応えるとなると、ご相談を受けたらすぐ入院できるよう、空きベッドを確保しておく必要もでてきます。結果としてベッド稼働率は下がることになり、経営的には綱渡り状態です。

ご家族からの評価はいかがですか。

大塚 入院後2日~1週間で亡くなられる入院期間の短い方のご家族からも、それなりの評価を得ています。現在口コミによる入院は7割にのぼり、ご一族間でのリピーターも増えてきていますから。

苦痛以上の見返りを与えられるかどうか
高齢者医療の基本は見極めをつけること

全身疾患を抱えた高齢者あるいはその家族であっても、できる限りの医療は受けたいという気持ちは、まだまだあるように思います。大塚先生がそこまで思い切ることができたのはなぜですか。

大塚 20年以上にわたり医療者として多くの高齢者に接し、試行錯誤しながら経験を積んできました。その中で学んだことの1つは、老いること、そしてその延長線にある死は極めて自然な流れであり、現代医学をもってしても大きく変えることはできないということです。医学教育での二大価値観は、「正常値から外れた状態を元に戻すこと」「死を敗北と見なし、それを何としても避けること。それが無理としても少しでも先延ばしすること」です。しかし、80才、90才になるとこれは至難の業です。加えて、医療行為は受ける側にとっては苦痛や不安、惨めさに満ちたことです。それをやったとして、その見返りの確率はどんどん低くなります。

ここで重要なのは、しっかりと見極めることです。これまでの高齢者医療は見極めをつけることに対して、極めて稚拙でした。自分の親にはやらないが他人にはやる。自分はやってほしくないが他人には平気でやる。そうしたことがまかり通ってきました。それを防ぐ意味でも、当病院では病棟の看護師長に大きな権限を与えています。例えば、医師が点滴をしたいと言っても、看護師長が「本当にそれは必要ですか」と聞き、納得のいく説明を求める。つまり、当病院では医師のみの考えで行う医療は認めていません。

大塚先生はヨーロッパで介護施設をご覧になっていますね。そこでどんな影響を受けられたのですか。

大塚 私が病院を始めて数年経った頃、ヨーロッパの介護施設を視察して大変な衝撃を受けました。同じような年齢の高齢者を扱いながら、寝たきりがほとんどいなかったことです。当時、日本の病院では入居者の半数以上が寝たきり、というより寝かせっきりでした。その方が本人もお世話する側も楽だったからです。ヨーロッパでの見聞をもとに、1989年に文藝春秋に『寝たきり老人を起こす』という記事を書きました。

ヨーロッパの高齢者施設に寝たきりがいなかった理由の1つは、朝になったら全員ベッドから離し、着替えをさせて椅子に座らせ、1日を過ごさせます。2つ目の理由は、高齢者には口の中に食べやすい形にして食事を入れますが、それを自分で飲み込めなくなったら、それ以上のこと、日本で行われている点滴、鼻から管を入れる、あるいは胃ろうをつくるといった水分や栄養分の補給は一切しないことでした。つまり、これをもって“その人の生命の限界”という社会的コンセンサスがあるのです。当然最後は短期間になり、寝たきりはほとんどいなくなります。

第1回終わり(第2回に続く)