3階建ての専門医制度については、先生方から働きかけて、後から不整脈専門医を取れる仕組みにされたのですか。

青沼 最低でも日本循環器学会の専門医を取得していなければ、不整脈学会の専門医を取得できないようにしました。なぜなら、少し時間はかかったとしても、内科全般、循環器全般に精通し、一人前と言えるまでトレーニングして技術や能力を高めておくことが重要だからです。

例えば、専門医制度が徹底された欧米では、植え込み型除細動器(ICD)を入れてくれと言われると、ガイドラインのままに入れてしまうロボットのような医師がいますが、それでは医師とはいえないのではないでしょうか。目の前の患者をしっかりと診て、「この人にはICDではなく、CRT-D(両室ペーシング機能付き植込み型除細動器)を入れた方がいいのではないか」といったように、充分な知識を有することが必要です。

ガイドラインに書かれているからと言い訳するのではなく、時にはガイドラインを超えたビヨンド・ガイドラインとして、自分で考えられる医師になって欲しいですね。自分の頭で考えた医師のたゆまぬ努力と研究によって、新たにガイドラインが変わっていく。それこそがガイドラインの本質であり、正しい活用法です。

それなら患者にとっても安心して医療が受けられますね。

青沼 iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥先生が、「整形外科で使い物にならなかったから心機一転、基礎でやろうと思った。しかし、臨床を通じて学んだセンスは基礎に進んでも非常に役立っている」と言われたように、研究だけをやるという医師であっても、まずは臨床を知ることも重要ではないでしょうか。全員がジェネラリストや専門家になる必要はなく、まずはベースを学んだ上で、どのような医師になるかをよく考えて決定すれば良いと思います。

しかし、少なくとも臨床を診る医師である限り、患者さんから足が痛いと言われたときに、足の血管に異常があって痛いのか、神経の異常で痛いのかを考え、わかる範囲で調べたり、自分で診るのか、あるいはどの診療科に送るべきかぐらいは判断できる医師であることが求められます。「私は血管の専門家だから、この病気はわからないので帰ってください」と言わなくて済む医師になって欲しいと思います。  

患者を全人格的に診る
総合力が不可欠

いま後期研修として総合診療専門医を含めて19の基本領域専門医がありますが、実際には各専門医制度に少しズレがあるように感じます。

青沼 その通りです。私は1977年に医学部を卒業して大学院に進み、内科を3年、循環器総合を3年やって、卒業から丸6年で免許皆伝ではないですが、教授をはじめとする上の先生からのアドバイスもあり、1982年に不整脈を学ぶために米国へ留学しました。

昔の医局には、「君は内科も循環器もわかるようになったから、そろそろ留学に行っていいぞ」という声がけがありました。こうした声がけは、自分にどれだけ能力があるかを知る良いチャンスになっていましたが、医局制が崩壊した今はそれがない。総合内科専門医取得がそれにとって代わるとも考えられますが、試験ではわからない人間性の部分も含めて判断する手立てがありません。これも問題の1つです。

専門分化が進んでも、総合的な能力は必須ですね。

青沼 面白い話があります。私が留学から帰国後しばらくして、確かフランスだったと思いますが、専門医の診断能力を測る調査が行われました。当時、日本には内科専門医制度も循環器専門医制度も、まして不整脈専門医制度もいない時代でしたが、欧米では専門医制度が導入されていました。

この調査の結果、胸が苦しいと訴える患者さんに対して、循環器の医師なら心電図を採りレントゲンを撮って聴診する。呼吸器の医師であれば胸部写真を撮って聴診し、血液のガスの状況を診るといったように、それぞれ専門の立場から様々なアプローチをしても、90%近くが正確に診断できることがわかったということです。つまり、当時は専門医であっても総合的な能力が担保されていたことを示しています。

ところが医局制の崩壊に伴い、総合的に学ぶ制度が徐々に崩れてきて、自分は早くから不整脈だけ、アブレーションだけといったように、ある領域に特化して学ぶ人たちが多く出てきました。医学部を卒業して5年でアブレーションでは誰にも負けない、年間何百例もやれるというのはある意味でその部分の職人、マイスターです。こうした職人がいることも大切ですが、例えば、外科でも胃を部分切除するのか、全て摘出するのか、リンパ節まで取るのか、脾臓はどうするのかは、それぞれ症例ごとに違います。10分の手術で胃を取れることだけが名医ではないのです。

極端な例ですが、学生たちにわかりやすく伝えるために、私が日頃から言っていることがあります。自動車工場で生産ラインのネジ止め作業は、安全という意味では大切な1つの工程です。しかし最も重要なのは、最後のビス1個を止めるにしても、止め方がこうなら次の工程ではこのようなことが起きると、想定できるような全体を俯瞰する力です。

同様に、患者さんをある臓器の不具合と診るのか、生活習慣なども考慮しながら診るのかでは全く異なります。患者さんを全人格的に診ることが求められる医師という職業には、総合的な能力が不可欠になっていきます。

第2回終わり(第3回に続く)