手術数をこなすのではなく、
重要なのはコンセプトとメンター

若手医師や医学生に対する教育については、新浪先生ご自身が学んできたことを指導されていますか。

新浪 私自身はオーストラリアで鍛えられましたし、東京女子医科大学時代も当時は手術をさせてもらえる施設だったので執刀できましたが、こうした施設でトレーニングを積まなければ数は経験できませんでした。私は若い頃、手術は数をこなさない限り上達しないものだと信じていましたし、オーストラリアに行くまではそう思っていましたが、今あらためて感じるのは、手術で最も重要なのはコンセプトとメンター(師匠)だということです。

オーストラリア時代、私は4人のコンサルタント(外科医)と働きました。このうちの一人は天才外科医であり私のメンターで、様々なことを見て教わりました。彼も手術はさせてくれたものの、最も手術をさせてくれたのは4人の中で一番年上の先生でした。執刀する手術数にこだわるのであれば、この最年長の先生の手術にだけ入っていれば良かったのですが、問題は一人で手術をするときにどうするかです。自分の責任で執刀する際には誰も助けてはくれないので、修業期間中にいかに自分の手術はこういうものだと確立できるかが重要です。私はそう感じるようになってから、執刀のチャンスは少なくても留学の後半はなるべくメンターの手術に入るようにしました。

当然、見るだけでは上達しないので、執刀のチャンスを得ることも大切です。しかし、数だけでは上達しない例として、やはりオーストラリアに留学中のことですが、日本人医師数人で手術をまわしていた施設がありました。オーストラリア人のコンサルタントも手伝っていたようですが、その施設では日本人医師がかなりの手術数をこなしていたようです。残念ながらその施設で経験を積み帰国した先生で、今、日本で名のある外科医になった人はいません。やはり大事なのは、数ときちんとしたモデルがあること、そして自分に能力があることです。

例えば、天野先生には海外留学の経験はありません。しかし、天野先生にとっては亀田総合病院の初代心臓外科部長である外山雅章先生が一つのモデルであり、順天堂大学医学部心臓血管外科客員教授である須磨久善先生もまたそうであったと思います。優れた先人たちの手術をしっかりと見ながら、「自分が執刀するときはこんなふうにやる」と考えられることの方が、実は大事なのではないでしょうか。

それは数多くの執刀をしてこられた新浪先生だからこそ感じられることですね。

新浪 私は多くの手術を行ってきたので、数が少なくても今のようになったかどうかはわかりません。数ばかりやらせてメンターがいない、あるいは数はそこそこでもメンターがいる。その2つに一つを選ぶとすれば、やはり優れたメンターがいることが重要だと思います。

そういった環境づくりを新浪先生の教室でも実践されていますか。

新浪 はい。ただし、数はそうはいきません。600例は日本では多い数ですが、実際に若手が手術に携われるのはせいぜい20~30例です。そこで、私が考えたのはアジアとの提携でした。