日本の心不全患者は100万人規模と推計され、その数は高齢化に伴い確実に増えていくといわれている。しかし、重症化した心不全への対応手段は従来、心臓移植もしくは人工心臓しかなかった。そこに2016年1月、第3の画期的な治療法が保険適用された。大阪大学医学部心臓血管外科教授の澤芳樹氏が開発した心筋シート(商品名「ハートシート」)による治療法である。この心筋シートとは、患者の太ももの筋肉から採取した細胞を培養してシート状にしたもので、これを心臓の患部に貼りつけるという再生医療である。澤氏は現在、心筋シートのその先のテーマである、iPS細胞を使った心筋の補充療法に取り組んでいる。

連載2回の第1回は、東京女子医科大学教授の岡野光夫氏との運命の出会いから共同研究へ、フランスの研究者との意見交換からアイデアを得て、心筋シート開発に至る経緯などについて、お話を伺った。

2000年、三重県津市
劇的な出会いが産んだ心筋シート

心筋シートは、東京女子医科大学教授の岡野光夫氏との連携によって開発されました。そもそも澤先生が、岡野先生の研究を知ったきっかけを教えてください。

 私が所属する大阪大学の心臓血管外科は、常に心臓手術の進化を追求し続けてきました。1956年に日本初の人工心肺を使った開心術を成功させて以来、心臓血管領域では日本のトップランナーとして新しい治療法の開発と、その普及に力を注いできたのです。

私自身も一人の研究者として、心機能再生のための遺伝子治療の研究に取り組み、2000年には倫理委員会に臨床試験を申請するレベルにまで到達していました。ところが、遺伝子治療は当時、倫理面で問題があるとされ、なかなか受け入れてもらえなかった。そんなある日、「Lancet」に掲載された虚血肢に対する細胞治療の記事を読み、細胞治療の可能性に注目するようになりました。

そして、運命の出会いともいうべき出来事が、2000年に三重県四日市で開催された第38回日本人工臓器学会で起こりました。この学会で東京女子医科大学教授の清水達也氏が「温度応答性培養皿を用いた心筋細胞シート3次元マニュピレーションによるバイオ人工心筋の構築」と題した研究成果を発表。講演を聞いて「これだ!バイオ人工心筋は使える」と直感的に確信し、演台を下りてきた清水先生に、その場で共同研究を持ちかけました。そこで清水先生が師匠にあたる岡野先生に相談して研究がスタートしたのです。

東京と大阪、距離が離れているにもかかわらず、研究は極めて順調に進んだと伺っています。その秘訣はどこにあるのでしょうか。

 まず、岡野先生に共同研究を持ちかけたのは、私が初めてで、その点を岡野先生が好意的に評価してくださったことがあります。岡野先生の研究はあまりに先鋭的すぎて、周囲から、特に臨床の先生方からはほとんど理解されていなかった。また、岡野先生の研究を補完する技術を我々が持っていたことも、研究に弾みをつけた要因です。当時岡野先生は、ひよこの心筋細胞を使ってin vitro(試験管内)の実験をされていました。そこに我々のラットの心筋細胞を培養する技術を合わせることで、一気にin vivo(生体内)の実験へと進めることができたのです。

個人的にも岡野先生とは、感受性が合うと思いました。例えるなら鍵と鍵穴のような関係で、感覚的にピタッとはまる気がしたのです。当時から私の研究室にいる宮川繁先生と岡野先生の研究室の清水先生が、互いに意気投合して精力的に取り組んでくれたこともあり、研究に加速がつきました。毎日メールを使って進捗状況を報告し合うだけでなく、リアルでも頻繁に行き来して議論を深めていきました。