連載2回の2回目は、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏との共同研究や、再生医療を活用した心不全の今後の治療戦略や課題などについて、引き続き、大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科教授の澤芳樹氏にお話を伺った。

前回は、岡野・澤チームが開発した心筋シートが、心筋を活性化するまでについてお話を伺いました。その機序について教えてください。

 実は、メカニズムはとてもシンプルです。要するに筋芽細胞の出すサイトカインが、心筋の再生を促す。筋芽細胞そのものが心筋細胞になるわけではありません。

ただ、機序はシンプルとはいえ、心筋シートが商品名「ハートシート」として保険適用されるまでに、岡野先生と出会ってから約15年かかりました。動物実験からスタートして、2007年に初めて患者さんへの臨床研究を行い、人工心臓からの離脱に成功。それ以降、2012年までに40件ほどの臨床試験を実施し、そのうちの8割程度で成功しています。この間に実に多くの知見を患者さんから得ました。中にはEF値(※1)が10%程度の方もいましたが、その方も今ではとても元気にされています。

※1 EF値
心臓が血液を全身に送り出す指標値で、高いほど良く、健康な人で60~80%程度、50%以下で心臓病であるといわれる。

iPS細胞を使った
再生医療へのチャレンジ

2007年の成功を受けて、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏と共同研究を始められていますね。

 我々の臨床研究の成果が、2007年12月のTVニュースで大きく報道されました。たまたまこれを見ていた山中先生から私に直接、電話がかかってきたのです。その前月、2007年11月にiPS細胞が開発され、大フィーバーが起こっていました。iPS細胞の研究推進のために、国は5億円規模の競争的資金を用意。我々もこれに応募しようと考えていたところ、山中先生から「心筋については、澤先生にお願いしたい」と依頼されたのです。

心筋シートによるサイトカイン補充療法は、心筋にサイトカインのレセプターが発現していないと効果を発揮できません。つまり心不全が進行してしまい、心筋細胞が減って弱ってしまった心臓には効果を期待できない。弱ってしまった心筋細胞を復活させるには、iPS細胞による細胞補充療法が必要です。そこで2008年の1月から、京都大学からiPS細胞の供与を受けて研究がスタートしました。

また、2013年からはiPS細胞拠点事業がスタートし、臓器別に担当者を定めることで研究が加速しました。慶應義塾大学医学部教授の岡野栄之先生が脊髄、京都大学iPS細胞研究所の高橋淳先生が脳、理化学研究所多細胞システム形成研究センターの高橋政代先生が網膜、そして心臓は私の担当となりました。

iPS細胞を使った再生医療の研究は、現時点でどこまで進んでいるのでしょうか。

 前述したように、心不全が重症化した状態では、心筋シートによりサイトカインを補充しても心筋の再生効果は期待できません。そこで取り組んでいるのが、iPS細胞を使って心筋細胞を作り、これをシート状にして心臓に貼り付ける細胞補充療法です。これによりまず弱っている心筋を活性化し、その上でサイトカインを補充します。

研究はネズミのiPS細胞から始めて、今ではヒトのiPS細胞で心筋細胞を作るところまで進んでいます。このプロセスで非常に難しいのが、できたiPS細胞のクォリティコントロールです。iPS細胞は、山中先生が作製を進めている拒絶反応の少ない他家由来のものを使います。これにより自家由来のiPS細胞を使う場合に比べて、作製時間やコストを大きく抑えることができます。

さらにサイトカイン補充療法についても、iPS細胞から作った心筋細胞が出すサイトカインの方が、足の筋芽細胞由来のものより心筋にフィットすることが明らかになりました。これも安全性を十分に確認した上での話ですが、実用化が視野に入ってきました。

いずれも研究はすでに9割5分程度まで進んでいます。私の大学の研究員が今、人に投与するための安全性の確認に全力で取り組んでくれています。実用化まで、あと一歩のところまで迫っていると言っていいでしょう。