心不全への対応は、どのように変わってきたのでしょうか。

木原 20世紀後半、心不全に対して多くの大規模臨床試験が行われました。当時は、弱っている心臓の収縮力を高めることができれば、患者は良くなると考えられていたのです。そこで様々な強心薬が開発され、臨床試験が行われました。私も強心薬にはかなり期待していたのですが、残念ながらその全てが失敗に終わっています。むしろ強心薬を飲ませた側に、悪い結果が出るケースが多数ありました。

そこで弱った心臓の力を高めるのではなく、弱った心臓を守るために負担を減らす方向へと治療方針が大きく転換していきました。つまり健常な人なら心臓に100の負担がかかっているところを、80ぐらいまで減らしてやる。すると、もう回復しないと思っていた心臓の働きの良くなるということが臨床試験の中で示されました。当初は予期しない結果であったのです。

心筋梗塞などにより1度でもダメージを受けた心臓に対しては、継続的な治療が必要となります。要するに死ぬまで治療を続けなければならない。以前は恐ろしい病気だった心筋梗塞の急性期については、すでに治療法が確立されています。ただし心筋梗塞の原因となった冠血流の途絶は解除されても、たとえ瞬間的とは言え心臓が受けたダメージとは、その後も一生付き合っていかなければなりません。

とはいえ、急性期に対応した専門医が、慢性期に移行した患者をずっと診続けていくわけにもいかない。だから、地域の医師や様々なコメディカルとの連携によって、患者を指導したり、励ましもする。そして入院患者の再入院を予防し、軽症未入院患者に対する管理と重症化予防を行うのです。

木原康樹氏

心不全治療の課題は、
慢性期に移行した患者のフォロー

広島大学病院の心不全センターを発案されたのは、木原先生だと伺いました。このセンターを設立された経緯について教えてください。

木原 広島大学病院に来る前に務めていた病院では、主として心筋梗塞急性期の治療に携わっていました。多くの患者を治療する中で強く意識するようになった問題が、慢性期のフォローができていないことです。患者にとっては、急性期対応以降に続く、長い人生におけるQOLを高めることが重要です。

急性期を脱した患者をどのようにフォローしていくのかと考えると、全ての人を急性期病院の外来で診つづけることは現実問題として不可能です。かといって地域の先生方に診てもらうような連携体制ができていたかといえば、当時は理想に程遠い状態と言わざるを得ませんでした。慢性期対応に欠かせない病診連携などのシステムが構築できていなかったのです。

そこで、広島大学病院に来たのを契機に、これまで温めていたアイデアの実現に動きました。ちょうどチーム医療の重要性がコメディカルなどに広く認識され始めた時期で、看護師をはじめとしてリハビリテーション関係のスタッフなどのモチベーションが高まっていました。もっと積極的に患者に関わっていきたいという彼らの高い意欲を活かすべく、多職種連携で心不全患者に対応する。チームを組んで、1人の患者を一生涯診ていく体制を整えようと考えました。