本特集「デジタルテクノロジーが変える競争の原理」の第1回では、楽天 執行役員で楽天技術研究所 代表の森正弥氏に、互いに影響を与え合いながら進化しているビッグデータとディープラーニングの最前線について、話を聞いた。


 森氏の問題意識は、次の2つのポイントに分けられる。1つめは、これまではビッグデータを持っているだけで競争優位性を獲得できていたが、これからはビッグデータがなければ作れば良いという時代がやってくるであろうこと、そして機械学習・深層学習に代表されるAI関連のテクノロジーが急速にコモディティ化しつつあることだ。


 こうしたテクノロジーの変化が、大企業とスタートアップ企業との関係にも変化を与えるというのが2つめのポイントだ。従来は大企業がスタートアップにビッグデータを提供し、スタートアップはアイデアとテクノロジーを提供することで提携関係を結んできたが、今後はビッグデータが必要なら自前で生成できるようになる。そうなると、大企業はスタートアップ企業を中心に構築されるイノベーションのエコシステムから除外されてしまうのではないか、という論理だ。


 第2回となる今回のテーマは、ビッグデータとディープラーニングの先にある「イノベーションの源泉」について、森氏の考えをお見せしよう。

楽天がリアル世界に進出する理由

 楽天は物理的に存在しないネット空間に巨大な経済圏を築いた企業だが、現在注力しているのは物理空間への進出だ。飲食と物販を合体させた「楽天カフェ」、ドローンを使った配送サービス「そら楽」、お取り寄せの人気商品を集めたリアルイベント「楽天うまいもの大会」と、様々な施策を通じてリアル世界に進出してきた。アンドレス・イニエスタを迎えたフットボールクラブ「ヴィッセル神戸」や、プロ野球の「東北楽天ゴールデンイーグルス」も、現実世界への進出として数えることもできるだろう。


 こうした動きは、現在の楽天グループの成長ステージがたまたま「リアル世界への進出」にあるからではない。Amazon.comがリアル店舗「Amazon Go」を出店し、食品スーパーのWhole Foods Marketを買収したのと同様、テック企業が物理空間に進出しようという動きは世界的なトレンドでもあるのだ。


 なぜテック企業はリアルの世界に進出しようとするのだろうか。


 「なぜかというと、消費者の認識のほうが先に進化してしまうからです。技術が進化した結果、新しいサービスや商品が出てくるのではなくて、エンドユーザーの認識が変わることによってテクノロジーが登場するんです。ただ、消費者の意識の変化は本当に早い。その早さに追いついていけるのか、という問題もあります。『これがお客様のニーズです』と言っても、それはもう本当のお客様のニーズではなくなっているかもしれません。さらに言うなら、それは『お客様のニーズ』ではなく『自分たちができること』でしかないんじゃないか。お客様は、実はもっと先をいっているんです」

 「『認識が変わる」例として、自動運転があります。実用化のための技術はずいぶん前からありましたが、いろんな企業が商品化しようとしても消費者は受け入れませんでした。でも、消費者の認識が『クルマってそろそろ自動で運転してくれるのが当たり前になるんじゃない?』と変わったら、関連するテクノロジーが一気に花開きました。ドローンも『無人で空を飛べるんだから、ドローンが荷物を運ぶようになるよね』と認識が変わったので、関連するサービスを出していかなければいけません。ですから、フィジカルな領域の研究やサービスは必然的に手がけていく必要があるテーマなんです」


 森氏が例として挙げた自動運転やドローンは、他方で制度や規制によって活用が制限される領域でもある。高い精度で実用化できるテクノロジーがありながら、公共の安全などの点から利用と活用が制限されてしまうのだ。


 「例えば、技術的には無人で航行できる自動運航船は存在します。技術的にはドローンよりも簡単なんですね。でも、日本の現行の規制では、人が乗っていない船は動かせません。このように、技術は存在するけれど、実現できないことはたくさんあるんです。もちろん、そのテクノロジーの善し悪しは別ですし、実現のためには社会的コンセンサスも必要です」