フェアプレーの徹底とスリルの演出でファンを惹きつける

 これだけの仕組みを整えるとなれば、当然、相応のコストがかかる。例えばテニスのチャレンジシステムは、大会によって異なるが、およそ2000万円近くの費用がかかっているといわれている。設置するハイスピードカメラの台数や、映像解析から戦況データの算出まで実施するかどうかなど、持たせる機能によってコストは変わるが、数千万円クラスの投資は避けられない。


 それでも世界中のスポーツ競技で、ホークアイをはじめとする判定支援システムの導入例が増えているのは、最終的に、より多くのファンを惹きつけるためである。


 まず、審判支援システムを導入することで、フェアプレーを期待できるようになる。観客自身が自分のカメラで画像・映像を撮れるようになった今、誰かがフェアな画像を撮っているはずである。その人がSNSで画像を発信すれば、何がフェアな画像なのか、明らかになってしまう。ならば、ゲームにこのシステムを導入し、フェアな判定を全観客に見せる方が信頼を増すことになる。



イタリア・セリエAのVAR導入前と後の選手のプレー状況や反則の数などの比較

 実際、「サッカーではVARの導入によってプレーの質が確実に変わりつつあるのではないか」と山本氏はいう。具体的には、あるリーグで、負傷を装ったりファウルされたふりをしたりするシミュレーション行為が、前年に比べて43.7%も減少した。一発レッドカードも昨年の11枚から1枚に減った。先ごろのロシアワールドカップでもレッドカードは4枚にとどまった。これまでの大会では2桁はあったことを考えると、プレーの質は劇的に改善したといえる。


 試合をよりエキサイティングに見せる効果もある。きわどい判定だと誰もが思うときに、一時的にプレーを止め、判定が覆るかどうかを観客が見守ることになる。その一瞬は、会場全体が最終判定を待つ。例えばテニスでは、選手がチャレンジを申告すると、スクリーンに結果を見せるCG画像を表示するまでの間、観客が手拍子をして待つことがある。もちろん、判定結果が変われば、観客がどよめく。それが、試合の成り行きを左右する場面になれば、観客はなおさら興奮する。


 試合中にこうしたシーンを演出することで、観客の気持ちをいっそう試合に惹きつけられるし、観客席の一体感も高めやすくなる。この体験を通してファンを増やし、引きつけられれば、興行収入、グッズ販売などビジネス面の成果につながっていく。ビジネスとしては、広告収入を得ることもできる。例えばオールトラリアのオージーリーグでは、判定を待っている間に広告を入れる。これによってチームや競技場は潤うわけだ。


 競技によっては、選手の安全を守る効果もある。例えばラグビーでは、競技中に危険なプレーが発生した際、審判ではなく医師が第一処置としてこのシステムを使うことがある。脳震盪(しんとう)を起こした場合、適切に処置するためには、当たった場所が顎なのかこめかみなのかなどを見極める必要がある。それによって影響が異なる可能性があるからだ。そこで、医師がビデオ映像を確認し、HIA(Head Injury Assessment)に活用するわけだ。これによって、プレーヤーがそのあと何試合欠場しなければならないのかが変わり、チームの収入も変わってくる。

セカンドスクリーンでは、本来“あり得ない”目線で楽しめる

 競技をよりエキサイティングに、きわどい判定をスリリングに見せられるホークアイ。映像解析によるデータは、ほかにもいろいろな見せ方ができる。


 情報の見せ方によっては、セカンドスクリーン(スマホやタブレット)でもっと豊かなユーザー体験を演出できる可能性がある。スタジアムでは大きなスクリーン、自分のスマホでは、審判や選手の目線など好みの視点から試合を楽しむ、といった具合だ。会場内のそれぞれのビデオカメラの映像を合成することで、例えばテニスの試合をボールボーイの視点の映像として見せられる。将来的には、選手と同じ目線も実現できるかもしれない。この体験も、ファンを惹きつけるはずだ。ソニーからすると、ホークアイによるボールトラッキング/ビデオ判定システムは、あくまでも判定補助だが、今後は、「見せ方」の高度化という観点でも適用範囲が広がっていくことは十分考えられる。


 使い方によっては、試合会場ではなく練習でのコーチングにも役立つ。ホークアイでは、例えばテニスのサーブに関し、トスを上げるところから打ったボールが接地するところまでをデータとして残す。ボールのスピンレートなども記録可能だ。これらのデータを可視化するとともに、ビデオ映像を見ることで、打ち方や動き方と結果を分析すれば、コーチングに利用できる。


 システムそのものは、今後さらに進歩していく。わかりやすいところでは、ハイスピードカメラをより高性能なものにすることで、精度を高められる。加えて、技術や使い方に関する理解を広め、深めていくことも大切である。「ボールトラッキングやビデオ判定技術、またデータ収集・解析に関わる多くの人が、様々な情報を正しく、効果的に使えるようになれば、コーチングの発展、スポーツの質の進化につながるのではないかと考えています。観客をますます魅了するものにもなるでしょう」。山本氏はそう考えている。