少子高齢化の影響が労働者不足などの形になって表面化してきた日本。とりわけ影響が目立つのが第一次産業で、農家の後継者不足は私たちの食生活に直結する大きな問題である。後継者がいないことを理由に廃業する農家が増えれば、毎日当たり前のように食べている国産野菜が、手の届かない存在になっていく。そんな現実は、決して遠い未来の話ではない。


 機械化や自動化、法人による運営など考えられる対策はあるが、いずれにせよ農業の担い手を増やさないことには始まらない。担い手を増やすには、農業を魅力ある産業にすること、つまり所得向上と収入の安定は必須条件である。ただ、農業は変動要因が大きい自然を相手にしなければならないこと、流通の慣習などもあってムダが多いことから、収入を安定させるのは容易ではない。


 それなら、消費者による需要を精緻に見極め、極力ムダをなくした生産体制を作れたらどうか。


 こうした発想で、農作物の流通という観点から生鮮食品のスマートマーケットの制度設計に取り組む研究者がいる。産業技術総合研究所(以下、産総研)の宮下和雄氏だ。IoT(Internet of Things)、マルチエージェントのコンピュータシミュレーションなどの武器を生かし、ムダのないフードチェーンづくりに挑む。宮下氏に、目指すマーケットの姿と、それを実現するうえでの課題について聞いた。


まず、研究内容について教えてください。


宮下 内閣はずいぶん前から、「農業者の所得を上げないと地方は活性化しない」として、今後10年間で所得を倍増させる計画を提唱しています。研究開発についても投資が進んでいて、我々もスマート農業や生物農業、植物工場などの研究を手がけています。ただ、こうした「モノを作る技術」に関しての研究開発が進んで生産効率を上げたとしても、作ったものがきちんと売れなければ、農家の所得倍増にはつながりません。ロボットを使って仕事を効率化しても、生産量が倍になるのか、所得が増えるのかといえば、そうではないですよね。農家に収益が還元されるような流通の体制を考えなければダメです。作ることばかりを一生懸命やっても農家のためにはなりません。


 2018年度の10月に、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)で、「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」プロジェクトが始まりました。その中で、農作物におけるスマートフードチェーンをテーマに研究活動を始めました。産総研と農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)、日本気象協会の3者が組んで、流通関係の研究をしています。我々は市場のメカニズムというか、その在り方を研究しています。


 プロジェクトを通じて農研機構は「美味しい野菜」の付加価値を高めるための研究をしています。官能検査では「このトマトは土のにおいがする」などと表現しますが、結果を聞いても直感的にわかりません。官能検査をできる人が限られていることもありますし、食品をスーパーに置くときに官能検査の結果に応じた値段をつけられないといったこともあります。そこで、もうちょっと機械的に「この数値ならこの美味しさ」というような、官能検査の置換的な評価と定性的な評価をうまく重ね合わせて人の直感に合うようにできたら、「このトマトはこの数値だから、この値段は当然だよね」という売り方ができるのではないかという取り組みです。


日本気象協会も参加していますね。


 物の売れ行きは天候によって大きく変わります。それを把握するうえで天候データとして取り込んでいくために、日本気象協会に協力してもらっています。天気予報のデータを取り込んで、天候に合わせて売れるときに売れる値段で、売れる量だけマーケットに出していこうと。こうしたことをきちんとやっていくことで、適正な値付けで商品を流通させられるようにしようという取り組みです。


いわゆる、サプライチェーンマネージメントのようなものですね。


 そうです。もともと私は、サプライチェーンマネージメントを専門としています。今の農業は、そこがうまくいっていません。そもそも、どの分野でも生産計画と需要予測は両方とも狂うもので、ぴったり合わせて流通させるのは容易ではありません。それが農業の場合は極端なわけです。


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カギは需要を厳密に捉えたうえでの契約栽培

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