無人店舗、キャッシュレス、呼べばやってくる自動運転、常に身近にあって行動をサポートしてくれる音声アシスタント、部屋にいながらにして遠隔でリアリティのある体験ができるVR(バーチャルリアリティ)。さまざまなデジタル技術が浸透するなかで、私たちが日常の多くの時間を過ごすオフィス空間やオフィスビル、そしてオフィスビルが立ち並ぶ街は、どのように変わっていくのだろうか。


 20年先を考えると、社会は様変わりしているはずだ。自動運転やMaaS(Mobility as a Service)の浸透で、移動は今よりもスムーズに、そしてスピーディになっているかもしれない。VRなどが浸透することにより、そもそも移動する先や意味が変わってしまう可能性もある。最も身近なデジタルであるスマートフォンも、形や使い方が変わっているかもしれない。深刻さを増していく高齢化・人手不足の影響もあって、いろいろなシーンが今とは違ったものになる可能性が高い。


 そんな中で、オフィスをはじめとするビルだけが変わらずにあるはずがない。例えばオフィス内のエレベーターと、その近隣を走る自動走行のタクシーが連動しているかもしれない。ビルや街のあちらこちらで、自分の分身となるパーソナルAI(人工知能)が、自分の行動を先読みして手伝ってくれたら便利だろう。ビルはもちろん、その周辺の街そのものが、大きく変わっていくはずだ。


 こうしたビルや街を、デジタル技術でどこまでアップデートできるのか。コンピュテーショナルデザインを駆使した建築設計のコンサルティングに加え、建設業界などに向けたビジネスコンサルティングを手がける、建築家、noiz共同主宰の豊田啓介氏に聞いた。(聞き手は河井保博=日経BP総研)

思考実験を繰り返すことで未来を見通す

未来のオフィスビルや街のイメージは、どうやって作るのでしょうか?


豊田:例えば5年後でも10年後でも、そこにあるだろう要素を切り出して、それがどんな技術で、どのように実装されているかを考えていきます。要素は何百とあって、それぞれが矛盾しているものもあるんですが、とにかくそれを具体的に書き出します。その仮定に基づいて、そのときのオフィスのあり方や使い方、作り方、そこで提供されるサービスが今とどう変わっていくかを思考実験として論理的に考えていくと、意外に具体的なイメージが出来上がってきます。


 そういった思考実験を何度も繰り返し、イメージを数多く蓄積していきます。そのうえで、クライアントが何を求めているのか、それにはどの程度のスケールで、どんな改造が必要かを考えます。それに合わせて、蓄積したもののうち、どのイメージがフィットするかを出していきます。


今から20年くらい先を考えたとき、オフィスづくりやまちづくりの観点で、インパクトの大きいことは何だと思いますか。これがすごく影響するんじゃないか、というようなことです。例えば自動運転とか、オフィスなどの中で動き回るロボットなどは、オフィスの形やあり方を影響しそうです。


豊田:ロボットとか自動運転とかって、それぞれ単体で技術を実装しようとすると多分ペイしません。そういうものが複合的に動くような環境をどう作るかという話になって、そこに膨大なコストがかかってしまうからです。


 僕がよく言っているのは「コモングラウンド化」です。ポイントは、デジタルエージェントにも把握、理解できて 、我々人間にも認識できる日常の空間を、作ることです。例えば、今ここにある机。この場所に、どんな机があるか、そのデジタルデータはありません。ですから、ここにロボットなり自律走行車がいても机を認識できないわけです。これが逆に、この場所に、こういう形の机がある、ここに木のテーブルである、といった情報がデジタルデータとしてあれば、ロボットなどが世界を認識できることになります。これがコモングラウンド化です。


 それが今できていない中で、自動運転で周囲の物体を識別するLiDAR(Light Detection and Ranging)とか自車位置を測定するSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)といった仕組みを使ってエッジ側で全部を認識しようとするから、負荷が圧倒的に高くなってしまう。世界を捉えられないエージェントに人間と同じパフォーマンスを発揮しろと言っても、それは無理な話です。


 だから、ロボットやドローン、自動運転車が認識しやすいデータ形式、精度、データ構造で、街や建物、環境をまずデジタル記述してあげるところからしか始める必要があります。僕らが認識している世界と、ロボットなどが認識 している世界が一致してくるようになって初めて、ロボットのパフォーマンスが上がるわけです。それができてしまえば、そこにどんなサービスを乗せるか、僕らは関知しなくていい状態になるはずです。


建築物をデジタル化したBIMデータの活用が鍵

 じゃあ、そのコモングラウンド化を誰がやるのか。今のところ、近いことをやっているのがGoogleです。そのために企業を買収したりしています。ただ彼らにできるのは、街の外からのスキャンだけです。だから、外部しか捉えられません。写真撮影でのスキャンでは、ある程度までしか精度が上がりませんし、モノの属性情報も取れません。


 これに対してゼネコンなどは、BIM(Building Information Modeling、3次元の建物のデジタルモデルに、管理情報などの属性データを加えた建築物のデータベース)データなどの建築データを持っています。現状では建設の設計と施工にしか使えない形に特化してはいますが、BIMデータにはとんでもない精度があります。加えて、属性情報や、壁の裏側の見えない場所にある配管など構造のデータも、室内外関係なく取れます。コモングラウンドデータとしては一番可能性があるデータと言っていいでしょう。


 ただ、BIMデータは企業やプロジェクトごとに全然仕様が違っていて、互換性も連続性もありません。スキャンデータとも全く構造が違います。これらのデータを変換、汎用化してつないでいかなければなりません。それらがシームレスに使えるようになってはじめて、自律走行とかロボットとかが機能するようになります。そうなれば、その中でAR(拡張現実)アバターを動かせる世界を描けるようになる。そういう意味で、コモングラウンド化が重要なわけです。


ただ、既にできあがっているビルや道路、ビル群からなる街については、統一されない仕様のままのデータしかないわけですよね。なかなかハードルが高そうです。


豊田:そうですね。ただ、流れはそこに来ています。


 ネットの世界ではGoogleがプラットフォーマーになり、そしてオンラインショッピングの世界でAmazonがプラットフォームを取りました。とにかく巨大なプラットフォーマーになることが勝ち組になるという考え方です。


 そして今度はWeWorkやUber Technologies、Airbnbといった企業が、可動産ではなく不動産としての既存の町で、流動化・離散化の情報プラットフォーマーになりました。ただ既存の町があまりに複雑すぎたため、タクシーならタクシーだけ、ホテルならホテルだけと、単一領域しかできなかった。


 だから次は、既存の町の複合的な、既に存在しているものの情報をプラットフォームで離散化、流動化して、それを基にビジネスをするということになります。これはもう、既存の都市自体、コモングラウンド化しなければ実現できません。そこが次のプラットフォーマーの領域になることに、Google、Amazonなどは気づいています。だからこそGoogleがカナダのトロントでスマートシティづくりに取り組んでいたり、アリババが広州でクルマの自販機の実証をしたりといった取り組みがある。とにかく何兆円も使ってノウハウを取りに来てるわけですね。


 このプラットフォームを取ることが、とにかく次の生き残り戦略だと考えたら、どの企業もいかざるを得ません。当然、その領域に入っていく機会がある企業が勝つわけです。例えばディベロッパーであれば、一つの再開発区画の中でノウハウを作って、それを基にパッケージを作って売る。ある区画がそれで圧倒的な利益を出すなど成功すると、きっと、その周辺領域のプレーヤーがプラットフォームに乗ってくるようになります。そういうコモングラウンドプラットフォーマーの競争では、今のところ、実証実験の場となる土地を持っているディベロッパーは優位性を持てることになります。


 トヨタ自動車が「e-Palette」というコンセプトを打ち出しましたが、あれも、トヨタがコモングラウンドプラットフォーマーになりますという、大きな宣言と捉えられます。結局、それだけ投資できる企業や、実際の土地を持っている企業が、そこに登れる選択肢というか、投票権を持っているわけですね。既にいくつかの企業は、その市場に進出しようとしています。市場をとるには、もう、すぐにでもやらざるを得ないだろうと思います。


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大阪万博はコモングラウンドを試す絶好の機会

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