2017年、あるベンチャーから、弊社が運営していたコワーキングスペースに入居の依頼があった。事業が急成長しており、資金調達もうまく進んでいるから、建物の4分の3を貸してほしいという。シリコンバレーの中心地、スタンフォード大学の城下町のメンロパーク市にある建物で、家賃はかなり高く、その4分の3を借りたいとはどんなベンチャーだろうと内輪で話題になった。


 それから2年が経過した。そのベンチャー企業は着実に業績を伸ばし、成長してきた。シリコンバレーのとあるベンチャーキャピタリストいわく、VR(バーチャル・リアリティ)のスタートアップの中で最も売り上げを上げている企業の1社である。2019年6月には、小売世界最大手のウォルマートが、社員の管理職昇進を判断する際の人事評価ツールとして、同社のVRを使うという情報が流れた。

STRIVRが入居した当時のオフィス

 この企業の名はSTRIVR。創業当時はアメリカンフットボールの訓練用のVRを開発していた。CEOのデレック・ベルチ氏はスタンフォード大学でVRをメインに修士課程を専攻しながら、大学アメフト部のアシスタント・コーチを務めていた。STRIVRは、VR研究の第一人者で、スタンフォード大学のバーチャル・ヒューマン・インターラクション研究所の所長であるジェレミィ・ベイレンソン教授(著書は「VRは脳をどう変えるか?仮想現実の心理学」という題名で日本でも翻訳されている)と共同で創業した。当時のデレック氏の説明はこうだ。「アメフトのクォーターバックは特にシーズン中は体力を温存しておく必要があり、フィールドに立たず、的確な判断を下す訓練をする必要がある。それには、バーチャルな環境で様々な異なる状況を作り出せる仮想現実はうってつけだ」。


 その後STRIVRは、大学アメリカンフットボールからプロ・フットボール(NFL)へ事業領域を拡大、2017年上期にNFLが同社に出資した。さらに、野球など他のスポーツにも水平展開し、平昌オリンピックでは、米国のスキー&スノーボード協会(USSA)向けに、平昌でコースを滑らなくてもVRでコースを体験できるトレーニングシステムを開発、効果も出した。


 ピーター・ティール氏の言う、まずはニッチを垂直に堀り、支配し、次に周辺市場へ横展開する、という戦略を地で行くように、STRIVRは、スポーツ業界を攻めた後、企業向けのトレーニングシステムにターゲットを移していった。


 2017年にウォルマートとプロジェクトをスモールスタートし、2018年の夏には、ウォルマートが1万7000台のVRヘッドセットフェースブック社傘下のオキュラスゴー、1台2万7000円程度)を使い、STRIVRと共同で店員のトレーニング・システムの導入を開始した。約100万人もの社員がSTRIVRのトレーニング・モジュールにアクセスしている。ウォルマートのCEOのダグ・マクミラン氏は6月の年次売上報告で、従業員トレーニングが売り上げアップに寄与したとコメントしている。


 私もSTRIVRの社員研修システムのデモを経験させてもらったが、360度環境で実際にウォルマートの店舗にいるような感覚だった。没入感、リアル感は、これまでのWeb、動画などによる研修とは異次元のものといっていいだろう。そこで起こる様々な問題、例えば棚にあるべき商品が置かれていない、来店客が列をなしてカウンターに並びだした、といった判断を迫られる局面も設けられていて、トレーニング効果は確かにありそうだ。


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