オープンソースコミュニティの成果を社会に実装し、行政や市民生活が抱える課題を解決する。日本の“シビックテック”の先駆けである「Code for Japan」は、今年で活動開始から5年目を迎えた。


 ITの力で社会を良くしていきたい――その根源にあるパッションやモチベーションはどんなものなのか。一般社団法人 コード・フォー・ジャパン 代表理事の関治之氏に、誕生のきっかけから今後のビジョンまでを聞いた。今回はその第1弾。


Code for Japanを立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。


 シビックテック、いわゆる社会課題解決の領域を意識し始めたターニングポイントは、2011年の東日本大震災です。私はずっとコンピュータエンジニアをやってきて、その当時はヤフーで働いていました。そして震災直後、デジタルで作ったさまざまなサービスを活用して震災で困っている人たちを助けることはできないものかと、強く思ったのです。


 そのとき、以前から親しくしていたオープンソースコミュニティの仲間たちと話し合い、「sinsai.info」を立ち上げました。これは震災情報を地図上にマッピングしていくサイトで、すべてオープンソースの仕組みを使いました。それが東日本大震災当日のこと。いろいろな人たちの協力のもと、とてつもない速さで完成したのです。サイトを立ち上げてからはTwitterで仲間を募り、さらに輪が広がっていろいろな人たちがデータを収集して書き込んでくれました。それからデマのチェックをする人などが出てきたりして、自律分散的に活動の輪が広がっていったのです。


 今のコンピュータ技術には数多くのオープンソース技術が採用されていますが、目に見えない部分が多いですよね。しかし、あのときはオープンソースの力がリアルな社会生活に適用され、その瞬間に立ち会えました。眼の前で困っている人の役に立っている手応えを得られたのです。


 そしてもう一つ、被災者に対して継続的に貢献していきたいという思いもありました。実際、あちらこちらの被災地に足を運んでハッカソンを行ったり、行政と話し合いを重ねたりといった活動を続けてきました。それらがCode for Japan設立のきっかけになっています。


Code for Japanは2013年に活動を開始しましたが、スタートにあたって手本とした組織はありましたか。


 米国の「Code for America」です。実際に彼らに会いに行き、「君たちのような活動を日本でやってみたい」と相談したところ、「もちろん」と背中を押してくれました。彼らもシビックテックが日本でどのように受け入れられるかを知りたいし、逆にいろいろと教えてほしいと。


 Code for XXのコミュニティは米国やドイツ、パキスタン、ルーマニア、ブラジル、そしてカメルーンやモロッコなど世界各地に存在し、グローバルで展開しています。国際的な結びつきによって、お互いに学び合う体制ができているのが特徴です。


 2018年10月には初めての世界会議となる「Code for All Summit」がルーマニアのブカレストで開催され、各国からエンジニアが集まりました。実践的な分科会が多く、ボランティアの側面が大きい活動において「Burn Out(燃え尽き)をどうやって防ぐのか」といったテーマなどはとても興味深いものでした。


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