(写真:123RF)

 「AI(人工知能)」によって代替される職業があると脅かしたり悩んだりする人がいるが、それよりもコンピュータを使うと馬鹿になる問題を心配した方がよい。いわゆる「AI失業」は確度が怪しい仮説に過ぎないが「IT(情報技術)による人材劣化」は既に進行している。

 コンピュータを使うと馬鹿になる一例は、ワードプロセッサを使うと漢字を忘れてしまうことだ。筆者は原稿を万年筆で下書きしているが、それでも年々漢字が書けなくなっている。

 この例を出すと「ワープロによって手書きより読みやすい漢字を書けているのだから何が悪い」と反論されそうだ。手書きの効用は別にあると確信しているが、ここでそれを言いたいわけではない。

 テクノロジーを利用する際、トレードオフの判断が不可欠である。トレードオフとは何かを得る代わりに何かを放棄すること。ワープロによって再利用や修正がしやすい文書を用意できる半面、何かを失っている。悩ましいのは何を放棄したのか気付かない場合があることだ。

 今回申し上げたいのは失ったものは何か、対策はあるのか、ということである。

仕事が自分だけではできなくなっていく

 長年にわたり企業のコンピュータ利用について取材をしていると「できなくなったこと」を懸念する声をしばしば聞く。

 「かつての経理担当者は原価を自分で計算できたが今はできない。コンピュータ任せにしていて理屈を分かっていないから」

 「一通りの仕事の流れを把握している人がいなくなった。質問するとコンピュータ端末の画面を指さし、『こういうふうにやっています』と答える始末だ」

 漢字を忘れてもワープロがあれば文章を書けるように、原価計算のやり方を知らなくても仕事の流れを理解していなくても、コンピュータに向かえば原価を計算でき、仕事を進められる。計算であればコンピュータの方が人より速く正確にこなせる。

 便利だ、楽だと言ってコンピュータ任せを続けていると、思考や仕事の硬化ないし固定化という問題が生じる。原価とは何か、どうしてこういう流れで仕事をするのか、といったことを考えなくなり、あらかじめコンピュータに登録された指示通りに仕事をするようになる。

 ところが仕事をしていると色々なことが起きる。臨機応変に対処するのは人の役割だが、それには何のためにその仕事をどのようにするのかを、頭と体で覚えている必要がある。

 世の中の変化に応じて仕事のやり方を見直し、コンピュータに登録しておく指示を変える場合にも、仕事の流れや判断基準を分かっている人がいなければならない。それを問われて端末の画面を指さす人にはコンピュータを修正できない。

 人自身の力が衰え、コンピュータを修正することも困難になる。これが硬化であり固定化である。