(写真:123RF)

 「AI(人工知能)」によって代替される職業があると脅かしたり悩んだりする人がいるが、いわゆる「AI失業」は確度が怪しい仮説に過ぎない。

 前回の本欄にこう書いた。「確度が怪しい仮説」はそれなりに配慮した表現であったが今回は「AI失業はない」と言い切りたい。その理由を3点挙げる。

AIの影響は限定的

 第1にAIの仕事に与える影響の範囲は限定的である。AIで代替される可能性がある職種を列挙した論文や記事が出回ったが、そこにある数値は各職種が担う複数の仕事のうち、どの程度までAIで代替できるかを割合で示したものだ。

 ある職種の仕事の5割をAIで代替できるとしても5割の仕事が残るならAIが人に取って代わるわけではない。ほぼ10割の仕事が代替されてしまう職種があったとしても人件費とAIを使う経費を比べてAIの方が高ければ代替には至らない。

 第2にAIと呼ばれる取り組みの中で本当に新しいのは一部だけである。「AIを導入した」という報道は多いが大半は従来のコンピュータ利用の話だとみなして差し支えない。

 確かにコンピュータは人手をかけていた事務処理を自動化してきた。仕事を奪われた人も出たが社会や組織は職種や配置の転換によってできる限り雇用を維持してきた。既に合理化できるところは合理化してきたわけで、従来のコンピュータ利用でさらに人を減らせる余地はかつてほど多くはない。

 AIと呼ばれる取り組みの「新しい一部」は主に機械学習と呼ばれる技術を使っている。大量のデータをコンピュータに学習させることで新たなデータに対しコンピュータが何らかの判断を下せるようになる。コンピュータの処理性能が飛躍的に高まったことで可能になった。

 将棋や囲碁でAIが人間に勝つようになったのは機械学習のおかげである。ただし将棋に勝つAIは将棋の対戦にだけ利用できる。ある特定の仕事に機械学習を応用して成果を出すことは可能だが、すでに述べたようにその影響範囲は限定的である。

汎用AIの実現は遠い

 今は専用のAIだが今後は複数の専用AIが組み合わされ、様々な仕事をこなせるようになっていくという説があるがそうできるかどうかまだ分からない。これがAIで失業は起きない第3の理由である。

 人間であれば責任をとれるから複数の仕事の優先順位などを判断し、進めていける。一方、複数の専用AIを連携させた場合、いくつかの仕事にまたがって優先順位などをどう判断させるか。研究が進められているが仮に実現できたとしても人間と違って責任をとるという意識を持たないAIにそこまでを委ねるようになるだろうか。

 複数の仕事をこなせる汎用のAIがさらに発展し、責任を意識できるようになり、ついには人間を超える日が来るという話にいたっては陳腐な空想科学小説であり、心配するのは時間の無駄である。

 人間の脳の仕組みを模したAIを作るといっても生物である脳の神経細胞の仕組みとコンピュータという機械であるAIの仕組みは根本から異なる。そもそも脳がどのように思考し、意識がどうしてあるのか、解明されていない点は多い。