(写真:123RF)

 「社員は新しいことを思い切りやってほしい」「組織の内外を横断し、相乗効果を出すように活動してもらいたい」

 記者として活動していた頃、企業の経営者や団体の長にお会いし本題の取材が終わった後、雑談する時間があった場合、「気になることは何でしょう」と尋ねていた。多くのトップは人材の話を持ち出し、例えば冒頭のように語ってくれた。

 「ヒト・モノ・カネ」という通り、社長や団体の長は配下の人を気にしており「組織は人だ」といった発言をしばしばした。

 「人間を雇うと金がかかるし何かと文句を言う。AI(人工知能)やロボットがもっと進化したらさっさと置き換えたい」という経営者がいたら面白いがお目にかかったことはまだない。

 当然、人材育成にも関心がある。新しい研修を始めたとか幹部を育てるためにこういう施策をするとか詳しく説明してくれるトップが多かった。

 「社員には仕事を通じて学んでもらう。研修なんて金と時間の無駄」と言い切る経営者がいたらこちらも興味深いが「座学で何かを身に付けるのは難しい」と言う人に会ったことがあるものの「やらない」と明言した人には遭遇していない。

「全体として見る」力が必要

 それでは冒頭で紹介したトップの期待に対し、どのような人をどう育てたらよいのだろうか。その企業や組織の仕事で必要になる実務面の研修はすでにあるだろうし、部下を持つ年代に向けて人の扱い方を含む管理職研修も行われているはずだ。

 人事部門の方はご存じと思うが「コンセプチュアルスキル」という言葉がある。「エンタープライズを一つの全体として見る力」(conceptual skill involves the ability to see the enterprise as a whole)を指す。

 この言葉を使ったのはハーバード大学などで教えたコンサルタントのロバート・カッツ氏である。今から60年以上前、1955年のハーバードビジネスレビュー誌にカッツ氏は『Skills of an Effective Administrator』という論文を寄せ、成果を上げるアドミニストレーター(監督者)はテクニカルスキル、ヒューマンスキルに加え、コンセプチュアルスキルを備えていると書いた。

 「全体として見る」とは分かるような分からないような説明である。『コンセプチュアル思考』の著者、プロジェクトマネジメントオフィスの好川哲人代表は「周囲で起こっている事柄や状況を構造的、概念的に捉え、事柄や問題の本質を見極め、行動するスキル」と定義している。

 こうしたスキルを備えれば組織内の部門と部門の力関係を把握し、ある部門がこう動いたら別の部門はこうするだろうといった影響を予測できる。エンタープライズに取引先や関連会社、同業者まで含めるとそうした相手との関係や影響も察知できる。

 そうなれば「ある状況における重要な要素を知覚でき、組織全体をより良くするように行動していける」とカッツ氏は指摘した。縦割りの組織をうまく連携させてシナジー効果を出してほしい、社外と組むオープンイノベーションによって新事業を作ってもらいたい、と号令をかける社長は多いがそれにはコンセプチュアルスキルが必要になる。

 この力を付けるには経験が欠かせない。カッツ氏は『Skills of an Effective Administrator』の中でコーチング、人事異動、複数部門にまたがる問題解決を推奨していた。

 コーチングとは「もっと幅広く考えてはどうか」と後輩に助言することである。人事部が主導し、複数の部門を異動させていくやり方は日本の特徴でもあり一長一短あるが視野を広げる効果は確かにある。総合商社などが実施している、将来の経営幹部候補を関連会社へ送り込み、経営の経験を積ませることも有効だろう。