「誕生祝いに参加。69歳になっても原稿を書いていたいものです」

 2月3日の夜、ソーシャルネットワーキングサービスにこう投稿した。頭脳警察というロックバンドのメンバー、PantaとToshiのお二人の69歳を祝う会合に参加して、彼らにあやかりたいと思ったからである。

 頭脳警察は本年、結成50周年を迎え、誕生祝いの場で新メンバーによる演奏が初披露された。バックを務める3人はいずれも20代、PantaとToshiとの年齢差はざっと40歳になる。だが、PantaのボーカルとToshiのパーカッションは円熟などという言葉とは無縁で、迫力ある5人編成ロックバンドの音が鳴らされた。

 その後のライブを何回か聴きにいくうちに、Pantaが若手とステージで話している様子を見て、年齢をあれこれ言うことに何の意味もないと気付いた。頭脳警察に『悪たれ小僧』という曲があり、PantaもToshiもずっと悪たれ小僧であって、「69歳にしては元気だ」とか「50年目のベテランを気鋭の若手が支える」とか、そういう話ではない。力強くしかも美しい演奏ができる人はいつでもできるということだ。

月曜から金曜まで働く女子大生

 「ほぼ社会人ですね。一般的な大学生ではない自信があります」

 ある大学生が送ってきたメールにこう書いてあった。彼女は4年生だが卒業に必要な単位を3年生のうちに取ってしまい、今は月曜から金曜までインターンとして企業で働いている。すでに10カ月以上勤めており、他の社員に交じって実務をこなし忙しい時は残業もする。

 実は長期インターンシップの体験記をこのヒューマンキャピタルOnlineに書いてもらおうとしており打ち合わせの日を決めようとしたところ、彼女が空いている時間帯があまりなかった。「学生とは思えませんね」とメールを送ったところ上記の返信が来た。

 原稿に関してやりとりをしてみると文章はきちんとしており「こうしてはどうか」というこちらの要望に的確に、しかもすぐに応じてくれる。彼女と筆者の年齢差も40歳近いが「まだ二十歳なのにけっこう書ける」とか「学生をベテランが指導する」とか、そういう話ではおそらくない。しっかり働ける人は若くてもできるということだ。

企業や組織は「できる人」とどう付き合うか

 70歳近い人でも、成人したばかりの人でも、できる人はできる。企業や組織はこういう人材とどう付き合えばよいのか。定年をとうに過ぎていてもまだ学生であっても仕事をどんどん頼めばよいわけだが、人事の規則に加えて組織の雰囲気が邪魔をしそうだ。

 従来はまだまだ働ける人であっても、定年になれば組織から去ってもらっていた。日本のインターンシップの大半は会社見学に過ぎない。数十歳も年長の先輩を使いこなせる後輩管理職はいるだろうか。相手が女子大生であってもごく普通に仕事を頼み、言うべきことを言える社員はいるだろうか。

 前回の本欄に引用した批評家、福田恆存氏の言葉通りにすることが理想である。「經營者は(中略)『才能』に酬(むく)いる手段をとらねばならない」し、現場の人は「お互い同士、何よりも『才能』を尊重し合はなければならない」

 ただし理想は理想であって、現実の企業や組織は採用した人をすべて使いこなさなければならない。日本企業は入社してきた人全員に才能があり、それが将来花開くという前提でほぼ一律に昇進させ昇級させてきた。だが事業の高度成長はとうに終わり、年齢に応じて全員が昇給する、いわば「人事の高度成長」を続けることはもうできない。