ところが大西氏は「会社が期待する職歴、知識、能力といった外から見えやすいところだけをキャリアととらえている人がいまだ多い。仕事をする基礎になる自分の目標やビジョン、仕事観といった外から見えないところもキャリアとして考えるべきだが、そう意識していない人が多い」と指摘する。

 現場の社員だけではなく管理職の理解もあやしいという。「部下の見えるキャリアだけをマネージすればよいと思っている管理職が多い。見えないキャリアについても配慮し、両方を重ね合わせ、部下を仕事に向かわせるようにする。それが管理職の役割だと理解できている人は多くない」(大西氏)。

キャリア形成という言葉のレベルを合わせよう

 もしそうだとするなら、キャリアやキャリア形成という言葉のレベル合わせをして、見えるキャリアと見えないキャリアの両方が大事だという認識を全社員と全管理職に持たせる必要がある。

 自分の仕事観を意識していない社員はいわゆる「会社におんぶに抱っこ」状態の社員になりかねないし、どのような仕事をしてもやらされ感だけが残り、仕事やひいては生きることに対して無気力になっていく危険があるからだ。

 外から見えない、自分の内部のキャリアも重要だという認識ができたら、次に「一人ひとりが自分の将来や仕事観について自分と対話することを始めてみる」(大西氏)。自分のビジョンや方向性が見えてきたら、会社のビジョンや方向性と照らし合わせ、会社が達成したいことに主体的に取り組めるようになる。

日本と欧米の決定的違い

 問題はここからである。紹介してきた大西氏の意見や厚労省の報告書の主張はもっともだと理解はできる。だがそこで指摘されているキャリアと、今、多くの日本人や日本企業が言うキャリアのレベルが合っていないとしたら、なぜ合わないのか。

 大西氏は厚労省の報告書を読んだ時、不思議に思ったという。「国(厚労省)が予算を使って立派なレポートを作り上げたにもかかわらず、20年近く経った現在でもこの考えに沿って世の中が動いている雰囲気が感じられない。例えばライフワークバランスや働き方改革も全く異なる方向へ話が進んでいる」

 実は筆者自身、書いていて腹に落ちない気がしてくる。若い頃から「価値観」や「自己実現」といった言葉は硬いせいなのか、すんなり喉を通らない。

 題名に付けた『「キャリア形成」が日本人になじまない理由』を書かないといけない。日本人には組織、仕事、自分をそれぞれ客観視して考える習慣がない、ということだろうか。