CMの中で、男性が姿を現すことは一切ありません。映っているのはPCの画面に表示された画像のみ。男性の声だけでストーリーが進んでいくにもかかわらず、心が揺り動かされるのです。「忘れないようにするには」で検索するオープニングで興味を引き(ストーリーを構築するための「9つのC」のうちのCuriosity)、妻を亡くしたという状況設定(同、Circumstance)から、思い出をたどりながら声が詰まっていく様子(同、Conflict)、その思い出を忘れまいとする主人公と、それを助けるグーグル(同、Cure)、そのおかげで妻が生前言っていた通り、家にこもらず外に出ていくことができた男性(同、Change)。そしてCM全体を通して、男性の会話調のモノローグでストーリーが進んでいきます(同、Conversations in Dialogue)。最後には「小さなことの小さな助け」がグーグルから得られるのだというメッセージ(同、Carryout)で締めくくられています。ブレイクスルー・スピーキングでも提唱している「9つのC」が巧みに取り入れられているのがお分かりになるでしょう。

 グーグルはIT企業ですが、もし最新テクノロジーを駆使しているという点をアピールするCMだったら、ここまで心を揺り動かすことはできなかったでしょう。テクノロジーを扱うからこそ、ヒューマンにフォーカスし、心の温かみを感じることのできるストーリーを前面に押し出すことで、グーグルのブランドイメージ向上に非常に貢献したCMだといえます。

ビジネスプレゼンでこそストーリーを取り入れよう

 私がプレゼンやスピーチの企業研修をしている際、しばしば次の質問を受けます。

 「確かにCMや自己啓発になるスピーチならストーリーテリングが合うでしょうが、ビジネスの場ではストーリーテリングは目的にそぐわないのでは?」

 これについてはハッキリと「そうではありません」とお答えできます。「何かを売り込まれている」と少しでも感じると、人は抵抗を感じたりしますが、豊かなストーリーには誰もがつい耳を傾けてしまう力があります。グーグルのCMも、グーグルの売り込みは一切されていないということからもお分かりいただけるかと思います。

 ビジネスプレゼンの中のストーリーは、様々な役割を担ってくれます。込み入ったコンセプトや新しい知識を得た時、ストーリーと共に解説されると、より理解が進み、腹落ちしやすくなります。商品・サービスの購入を検討しようとしている時、実際それをどんなシーンで使ったらどのように現状が改善されるのかということが、ストーリーならよりイメージがわきやすくなります。上司から言われて仕方なく参加した研修でも、講師が自身の失敗談などのストーリーを語ると、興味が持てるようになります。

 過去のケースを紹介する際、そのプロジェクトに関わった人々の顔が見え、どんな苦労を経て今に至るか――。これをストーリーで聞くことができれば、「この会社に頼みたい」と心がひかれます。

 ビジネスプレゼンでは、ついつい「事例紹介」にとどまってしまうパターンがほとんどでしょう。しかし、事例紹介(クライアントの課題やプロジェクトの背景説明、提供したソリューション、得られた結果)を明確に説明すれば、説得力があると思いがちですが、実は論理だけでは人の心は動きません。事例紹介にとどまらず、相手を動かすためには、やはりストーリーが必要不可欠なのです。

リップシャッツ 信元 夏代(りっぷしゃっつ・のぶもと・なつよ)

アスパイア・インテリジェンス社 代表取締役
ブレイクスルー・スピーキング代表

リップシャッツ 信元 夏代  早稲田大学商学部卒。ゼミ専攻は「異文化コミュニケーションとビジネス」。NYUにてMBA取得。1995年に渡 米後、伊藤忠インターナショナルにて鉄鋼、紙パルプ業界の営業・事業開発に携わる。その後マッキンゼーに て消費財マーケティング・事業プロセス改革などの業務に携わった後、2004年に、事業戦略コンサルティング 会社のアスパイア・インテリジェンス社を設立。
 TEDxTalk スピーカー。2013年、2014年春季トーストマスターズインターナショナルの国際スピーチコンテス トでは、日本人初の地区大会優勝2連覇を果たしている。この経験を受け、2014年9月にブレイクスルー・スピ ーキングを設立。グローバルに活躍したい日本人のためのグローバルパブリックスピーキングのE-learningプ ログラムを中心に、個人コーチングセッション、企業内研修等も行う。
BREAKTHROUGH Speaking: https://www.btspeaking.com

※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。