心のネガティブな声を消した「手で書くこと」

 ここまで、「絵を描く」を取り入れた企業向けのプログラムを紹介した。絵を描くという体験は非常に内的なもので、その効果を定量的にはかるのは難しい。しかし、手を黙々と動かすことの心地よい集中体験については、読者の皆さんも共感できるところではないか。

 さらに「絵を描く」と同じく手を使った行為、「手で書く」ことの効用について、筆者自身の体験を交えて紹介したい。

 筆者は20代の時、いわゆる「心の病」で苦しんでいた。いちばんつらかったのが、頭の中をネガティブな言葉が占拠して何も手に付かないことだった。

 なんとか解決しようと試行錯誤し続けて効果を実感したのが、「ライティングセラピー」という手法である。自分の考えや気持ちをひたすら紙に手で書きだすことで心の安定をはかるものだ。臨床心理士も活用しているエビデンス(証拠)のある方法である。

 絵と文字は違うが、黙々と手を動かすプロセスは不思議と集中する。これをVision Forestの受講者も体験しているのだろう。

「書いて」「消して」整える

 筆者の経験上、「書いて」「消す」という行為が効果を高める。筆者が使っている電子メモパッドの「ブギーボード」(キングジム製)を題材にそのプロセスを説明しよう。

筆者が使っている「書いて心を整える」道具。下部がホワイトボード、左が電子メモパッド。

 頭の中で特定の思いが引っかかる、しかもそれが生産的ではなく仕事や生活の邪魔をする……。時に、人はそういう状況に陥るものである。そんな時はまず、引っかかる事柄を、手で言葉として書き出す。その言葉をじっくり読み、消す。電子メモパッドには消去ボタンがあり、これを押すのである。その後、消えたまっさらな状態をしばらく見続ける。

ボタンを押して「消す」。ホワイトボードであればイレーザーで消す。

 経験上、「引っかかる事柄」を「消して」、消えた状態を見ることが、思考のパターンをほどく。何度か繰り返していると、身体がどこかリラックスして、頭の中の引っかかりが弱まる。

 なお、「消す」というイメージを通したメンタル状態の改善法は、「サイコ・サイバネティクス」という自己開発手法でも推奨されている。

手で書く効果についての科学的な調査も

 手で書くことについて科学的に調査した結果もある。マインドフルネスの普及活動を展開している一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティチュートの吉田典生理事は、ライティングセラピー(吉田氏は「ジャーナリング」と呼ぶ)に取り組む人の脳波を測定した。被験者5人が手書きを一定時間続けた結果、脳が活性化することを確認したという。

 デジタル技術が発達しても、社会における多くのものはやはり、人のイマジネーションから発している。イノベーションが叫ばれる中、人の心を整え活性化する、単純だが奥の深い「手で書く(描く)」にますます注目が集まるのではないか。企業の事例や自身の体験を踏まえて、こう考えている。

高下 義弘(たかした・よしひろ) 日経BP 総合研究所 ライター
高下 義弘

大学院修了後、1998年に日経BPに入社。日経コンピュータ、ITpro(現・日経 xTECH)編集記者を経てフリーランスに。一貫して企業経営とテクノロジーについて執筆。『人と仕事の未来2019-2028』(日経BP 総合研究所、2018)などを編集・執筆。

※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。