新しい職場改革の試金石

 職場のメンタルヘルス問題に詳しい東京大学の下山教授は、「組織の不全は、現場とマネジメント層の間で情報が分断していることが原因の一つとして挙げられる」と語る。その分断を防ぐ職場の在り方が、先にも挙げた「対話型の組織」というコンセプトだ。

 「マネジャーと現場との間に対話がなく、ただ“鈍感で強い社員”だけが生き残るようなマネジメントでは、組織は硬直化する」と下山教授は強調する。逆に、“敏感で繊細な社員”も含めた多様な社員が働き続けられる組織であれば、経営環境の変化にも柔軟に対応できる。「それは結果として強い組織であることを意味する」(下山教授)。

 対話型の組織に変わるためには、下山教授が言う「現場とマネジャー層との間できちんと情報が流通するような組織づくり」が欠かせない。ANAエアポートサービスが進めている取り組みは、公認心理師という心理の専門家を軸に組んだ具体例の一つであり、コンセプトの機能性を検証するための試金石と言える。

 一般的に考えると、心理の専門家は企業の外側からカウンセリングに徹することが多く、職場の仕組みや在り方にまで踏み込むことは難しい。ひるがえってANAエアポートサービスが組んだ体制は、心理の専門家が第三者的な立場をキープしつつも社内に踏み込むという興味深い形態と言える。

 この取り組みに一定の効果が見られれば、他の企業にも同種の取り組みが波及し、組織マネジメントの手法として産業界に受け入れられていく可能性がある。

 公認心理師の大井氏は「元々ANAエアポートサービスは人材育成に力を入れてきた会社で、私はあくまでその中に加えていただいたという立ち位置。このプロジェクトは公認心理師である私というよりは、チームで一緒につくっていくものだと思っている」と語る。「ANAエアポートサービスについての事前知識が少ない中で、他の社員の方々が架け橋になってくれている。個別に時間をとってくれてアイデアをたくさん頂いており、そこについては語り尽くせない」(大井氏)。

 ANAエアポートサービスという組織が持つ熱意、それがプロジェクトの先行きを決める。

高下 義弘(たかした・よしひろ) 日経BP 総合研究所 ライター
高下 義弘

大学院修了後、1998年に日経BPに入社。日経コンピュータ、ITpro(現・日経 xTECH)編集記者を経てフリーランスに。一貫して企業経営とテクノロジーについて執筆。『人と仕事の未来2019-2028』(日経BP 総合研究所、2018)などを編集・執筆。

※筆者の会社名および役職は執筆当時のものです。