臨床心理学の知見を活用して、職場改革を推進している企業がある。ANA(全日空)グループのANAエアポートサービスだ。

 同社は以前から主にグランドスタッフ(空港における旅客サポート担当者)の職場に対して様々な職場改革・働き方改革を進めてきた。2019年度の約1年間は、臨床心理学の研究を手がける東京大学大学院下山研究室(下山晴彦教授)と共同研究を実施。従業員のメンタルヘルスの維持・改善、レジリエンスの向上、さらには接客品質の向上につながるポイントを見いだし、職場づくりや経営改革に生かそうとしている。

 研究テーマは4つ。約1年の共同研究による成果から、広く他社や産業界全体にも参考になる点を探ってみよう。

呼吸法と睡眠教育で有意な変化

 まず1つ目の研究テーマは睡眠についてである。

 ANAエアポートサービスのグランドスタッフは、早朝や深夜便に対応するためシフト勤務をしている。業務の性質上、睡眠時間が不規則になることもあり、転じて従業員の心身の負担にもなりえるという課題が指摘されていた。

 一般的に、人の睡眠の傾向は、夜型・朝型といった具合に体質で決まっている。例えば夜型の人は早朝に起床することが苦手だ。東大下山研究室が国際便NIHグループ(ANA自社ブランド便の運行を扱うグループ)社員97人を調査したところ、夜型が18%ほどを占めていた。

 さらに調査を進めた結果、大きく次のような構図があることが分かった。寝る前の考えごとが多くなると、睡眠の質が下がる。例えば「明日の早番勤務に備えて早めに寝なくてはいけない」とプレッシャーを感じると考えごとが増える。考えごとが増えると寝付きが悪くなる。一部の社員は寝付きを良くしようと主に飲酒などの不適切な対処をしてしまい、その結果睡眠の質が悪くなる。睡眠の質が悪くなると、仕事のパフォーマンスが悪くなる。その結果ミスが増え、ミスについての考えごとが増え、さらに睡眠の質が悪くなる。このような具合だ。特に夜型の人は考えごとによって寝付きが悪くなる傾向があることも分かった。

 「もともとグランドスタッフの皆さんは、睡眠についての課題意識を持っていて、個々に工夫をされていた。だからこそ、睡眠に対する適切な知識を持っていただくことがもう一つの課題と考えられた」。睡眠研究を担当した博士課程1年の佐野真莉奈氏はこう語る。

 そこで研究では、睡眠前の考えごとと、寝る前の不適切な行動を是正するべくアプローチした。寝る前の考えごとについては、呼吸法の有効性が過去の類似研究で示されている。そこで今回は帝人が開発した「2breathe(ツーブリーズ)」というシステムを使って呼吸法の可能性を模索した。2breatheはスマホ用アプリと腹に巻く計測装置を使って、ゆったりした呼吸を誘導することで良い寝付きを促す。睡眠教育については一般的な知識をまとめ、それをグランドスタッフに提供した。

調査を通じて見えてきた睡眠の問題が引き起こす悪循環。これに対して研究では、呼吸法によるリラックス、適切な睡眠知識を得る睡眠教育が有効と考え、介入研究を実施した(出所:東京大学大学院下山研究室)
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