板ガラス世界大手の英ピルキントンを2006年に買収した日本板硝子。以後同社は急速なグローバル化が進み、人事制度も大きく変わってきた。ここ数年は、タレントマネジメントや幹部候補育成に注力している。CHROとして世界各国のHRヘッドを統括し組織改革を進める、同社執行役 人事部 統括部長(CHRO)中島豊氏に話を聞いた。

――13年前、英ピルキントンと合併後、グローバル化に大きく舵を切りました。

中島豊(以下、中島):日本企業が海外企業をM&Aすることがまだ少なかった時代、買収先のピルキントンは当社より規模が大きく、当時は「小が大を飲んだ」とも言われました。ピルキントンは1990年代にすでにグローバル化を進めており、グローバルに展開するビジネスを統合するシステムやノウハウも持っていました。一方、日本板硝子は当時アジアを中心に海外進出は始めていたものの、ピルキントンに比べるとグローバル経営能力は十分ではなかったと思います。当時の人事システムも日本型で、グローバルな経営を進められる 人材も不足していると見られていました。そこで2社の統合にあたり、経営は主にピルキントン側の人材が主導するという戦略的な選択が行われました。

 買収当時、私は日本板硝子にはいませんでしたが、前職での経験も含めて言えば、一般に日本と海外の仕事の進め方と人材に対する考え方には大きな違いがあるように思います。日本は職能資格制度に象徴されるように「まず人ありき」で、企業はとにかく良い人材を集めて能力のプールを作り、そこに様々な業務(タスク)をあてがって、こなしていくという仕事の進め方をします。一方、日本以外の企業では「まず戦略ありき」でそれを前提に 職務を設計し、そこに人を充てていきます。つまり「人」中心主義か「職務」中心主義か という根本的な考え方の違いがあり、これらを融合するのは一筋縄ではいきません。

 クロスボーダーM&AのPMI(Post Merger Integration=合併・買収後の統合プロセス)でいちばん問題になるのは、組織や人材に対する基本的な思想のすり合わせが、なかなかうまくいかないことです。私自身当社に来る前、いくつかの企業の買収合併の際に人事の基本思想と制度のすり合わせと統合に苦労した経験があります。合併後、一つの企業の共通プラットフォームの上で、やむなく日本型と非日本型の人事制度を並走させようとしたこともあります。

日本板硝子 執行役 人事部 統括部長(CHRO)中島 豊氏
東京大学法学部卒業後、1984年に富士通に入社。1994年リーバイ・ストラウスジャパン、1996年日本ゼネラルモーターズを経て、1999年ギャップジャパン人事部長を担当。2005年楽天で執行役員人事本部長、2007年日興シティグループ証券で常務執行役員人事部長、2010年ジブラルタ生命保険で執行役員を歴任。2018年日本板硝子に入社し、上席執行役員 HR ディレクターオペレーションに就任。2019年2月より現職。(撮影:菊池くらげ)

中島:日本板硝子では、買収直後から旧ピルキントンの制度に合わせる人事運用が行われましたが、混乱もあったと聞いています。職務中心主義の人事制度が持ち込まれ、「ポジションが空かないと出世できなくなった」「キャリアパスが以前より見えにくくなった」といった声が日本の社員から上がり始めました。制度が変わったため、新しい制度に精通した外国人が上司となって円滑な組織運営が図られましたが、それが原因で辞める人もいたようです。一方で、適応しようと努力しコミュニケーションのために語学習得に励んだ社員も多く、結果的に当社の社員の英語能力は他社と比較してかなり高いレベルに到達しています。