論理思考偏重による弊害

 論理思考は判断を助けますが、判断は論理思考だけで行われるわけではありません。もちろん、論理思考ができなければ、これだけ変数の多い環境の中で、まともな判断ができることはありません。また、仮に判断がまともであったとしても、論理思考が備わっていなければ、その判断を他人に対して、説得力を持って伝えることができません。論理はともかく、判断はこれだと言ったところで、誰も納得してくれないでしょう。

 しかし、ビジネスにおける判断の大部分は論理思考だけでは不可能です。もし、そのようなことが可能であるなら、既に人工知能が実用化されているはずです。したがって、論理思考は重要だが、それだけでは適切な判断ができない--ということが教えられなければなりません。

 もし、論理思考によって答えが得られるという誤解を持っている人がいるとすると、その人はいつまで経っても判断ができないか、あるいは誤った方向で判断をするかのどちらかになってしまいます。

 将来、どちらの方向に向かえばよいかという判断を分析に基づいて、論理的に見出そうとすると、いつまで経っても結論は出ません。それは一つには、結論を出すために必要な情報がすべてそろうことがないからです。分析ばかりで、結論のないレポートをたくさん見てきた読者の方も少なくないと思います。それらは論理思考偏重の呪縛にかかっていることの典型的な症状です。

 論理思考で結論が出ない二つ目の理由は、(こちらの理由の方がより重要ですが)論理思考の対象が「人」(自分、および自分の属する組織)の外にあることです。戦略立案時における顧客分析や競合分析は、自社の外の世界の問題です。自社の財務分析も、会社が生み出した結果が対象であるため、人の外にある問題です。

 外の世界を分析し、もしも、万が一、外の世界の未来が正確に予測できたとしても、それによって自分や自社の将来の姿が決まるわけではありません。なぜなら、判断を行うのは「人」だからです。外の世界が示唆することと、自分がなりたい姿は必ずしも一致しません。

 それにもかかわらず、外の世界にだけ答えを求めようとすると、判断が誤った方向に導かれてしまう恐れがあります。たとえば、先進的な他社も行っているからだとか、専門家もそう言っているからといったことが判断の基準になってしまうのがその例です。そうなると、判断はますます、「他律」になっていきます。