吉野明日香
株式会社エイチ・アール・ディー研究所 開発部 マネジャー

 朝の満員電車を降り、人の流れに任せて十分くらい歩くと、わが鶴亀魔法瓶の本社ビルにたどり着く。鶴と亀の古風なマークが描かれた看板がビルの入り口に立っている。古臭いという人もいるが、私は嫌いじゃない。

 この会社の内定をもらったのは去年の夏のことだった。エントリーシートを出して面接を受けても、返ってくるのは「ご活躍をお祈りします」というメールばかり。長い就職活動に疲れ果て、自分が何をやりたいのか訳が分からなくなりかけていた頃、この鶴と亀のマークが私に微笑んでくれたのだ。

新人研修が終わって、いよいよ配属

 4月に新入社員として入社し、3週間の研修を受けた。いよいよ今日から配属である。無力感に襲われた就職活動期間に比べ、研修は楽しかった。32人の同期と共に、色々なことにチャレンジした。もっとも、「じゃあ今日から仕事ができるのか?」と問われると、心もとない気分だけれど…。同期の約半数は3カ月間の工場研修に入り、その他は今日から配属で、東京本社、大阪、名古屋、福岡とバラバラになった。その中でも配属される人数が多い本社は、まだ同期という仲間がいる感じがする。

 私の配属先は人材開発部。配属希望にバックオフィス部門と言ったのが通った形になって嬉しい。経営学部出身ということがちょっとは役に立つかもしれないし…ぐらいの気持ちで希望した。

 広いオフィスのパーティーションで仕切られた一角が、人材開発部だ。

「おはようございます!」
「おはよう。そこ、元谷さんの席ね。部長に挨拶して来て」

 新人研修を担当してくれた永塚さんに挨拶をする。永塚さんの研修は厳しくて、ついていくのが精一杯だったが、頼りになる先輩として新人たちから一目置かれている存在だ。永塚さんは自分の座っている斜め向かいを指した。荷物を置いて、少し離れた部長の席に向かう。

「倉持部長、おはようございます。今日から配属になった元谷由美子です。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、元谷さん、よろしくね。9時から部内朝礼があるから、そこでうちのメンバーを紹介します。その後のミーティングで、これからやってもらう仕事について説明します」
「はい、分かりました」

 部長に頭を下げて、自分の席に戻った。部長は眼鏡をかけた渋いオジサマで、新人研修で何度かお話を聞いている。私たち新人に対しても丁寧な口調で話されるので、部長と会話をするときには自分が敬語とかちゃんと話せているのか心配になる。