「新人研修でも説明したと思うが、そもそもサスティナブル改革プランというのは、創立80周年を迎えた鶴亀魔法瓶が100周年を目指して成長していこうという、長期的な経営戦略を推進するためのマスタープランだ。老舗というブランドだけでは、企業は存続できない。会社をより長く存続・繁栄させていくため、新しい改革やチャレンジへの取り組みが必要不可欠だ。そこで次世代を担っていけるリーダーを育成しようという人材戦略ができて、階層別や職種別ではない組織横断型の取り組みとして、ニューリーダー研修が企画された」
「なるほど。経営戦略が人材戦略に降りてきて、研修ができたんですね」
「そういうことだ。今年度の研修内容については、部長を交えて専務ともずいぶん話をした。研修という名前はついているが、ここで立てた具体策が社長や経営層の目に止まれば、全社でそれを遂行していくということになる。非常に実践的なプロジェクト型の研修なんだ」

 資料の冒頭5ページには、この研修をやることになった経緯や目的・目標について細かく記されていた。その後、カリキュラムが2ページほど続いたが、こちらは逆に細かいことが書いていない。

永塚さんの提案した研修企画が実現したんだ

「そうすると、うちの部の役割って…。経営戦略に基づく人材戦略を遂行するっていうのと、こういう研修の企画を作るというのも仕事なんでしょうね。あとは講師の方を手配したり、会議室の準備をしたりすることですか」
「だいたい正解ということにしておくか。研修自体を運営していくインプリメンテーションの機能というのが、外から見ると分かりやすい仕事だけれど、一番大切なのは経営戦略との結び付けや必要な人材像を明確にしていくことなんだ。そして、そこで明確になった目標を達成するために、社内や社外のリソースを活用していく。もちろんニューリーダー研修だけで人材戦略がカバーできるわけじゃないから、他のすべての研修もあわせてだ」
「人材像のための一つの施策としてニューリーダー研修があるということですか?」
「そう。カリキュラムがあまりキッチリ書いていないのは、受講者の状況に合わせて内容を毎月調整していく必要があるからだ。日程と場所は資料に書いてある。元谷さんには毎回の事前準備と、研修中にはしっかりアテンドしてもらいたい」
「アテンド? 一緒に勉強できるってことですか? そんなすごい研修に出られるなんて光栄です! でも、分からなくて眠くなっちゃうかも…」
「…ちょっと違う。ただ一緒にいるというのじゃなく、研修の進み具合に応じて、我々人材開発部のメンバーがなさなくてはいけない役割があるんだ。研修は講師だけで行うんじゃないんだぞ」
「え…?」
「まあいい。これが第1期、こっちが第2期のニューリーダー研修の資料。資料は一通り読んでおいてほしい。最後のプレゼンテーションはDVDになっているから」

 目の前に置かれたのは、分厚いファイルが2冊。一通り読むといっても、数日がかりになりそうだ。

「プレゼンテーションって、どのくらいの長さなんですか」
「プレゼン15分、質疑応答15分の合計30分が1チームの持ち時間で、5チームあるから150分。結構見るのに時間かかっちゃうから、2倍で再生したら?」
「そんな無茶な」
「無茶だったか?」
「普通に見ますからっ」
「あと3期メンバーのプロフィールは、これ。来月から忙しくなるから、それまでに見ておいて。よろしく」

 さらにもう1冊ファイルが重ねられた。これは、まだほとんど中身が入っていないからスカスカだった。永塚さんは用が済んだとばかりに、さっさとミーティングスペースを出て行く。

 第1期のファイルを適当にめくってみると、永塚啓治という名前があるではないか。永塚さん、受講者だったのか。所属が今とは違う。永塚さんのチームのプレゼンテーション資料を探してみると、タイトルは「戦略的人材育成に関する提言」だった。

 なるほどねぇ…。永塚さんは具体策を出して、それを自分で遂行してるってことなのか。永塚さんってすごい人だと思ってたけれど、これはハンパない気がしてきた。だけど、講師をやるわけじゃないんだよね…。メイン担当って、他に何をしてるのか想像できないんだけど…。うーん、永塚さん、なんとなく聞きにくい雰囲気なんだよね。

 研修が始まったらさすがに分かるだろう。まずは指示された通り、頑張っていこうじゃないの!