ま、まずい。読んでおけといわれた資料のファイルは、1期から順になんとなく読んでいるだけで、まだ2期にも到達していないのだ。慌ててファイルを持ってきて、永塚さんに渡す。ファイルを手にした永塚さんは、慣れた様子でページをめくり、あるページを開いた。

「研修の準備を大きく分けると、受講者の上司や本人に対する案内関係、教材関係、設備関係の3つになる」
「はい」
「受講者の上司や本人に対する案内は、研修の1カ月前など決まったタイミングで行う必要がある。例えば先月は、文書での案内の他に、受講者の上司に向けたオリエンテーションとして主旨説明や事前課題の指示の依頼をテレビ会議で行った。あとやってないのは、1週間前に送る受講者向けの直前案内だけ。それらを一覧にしたのが、このリストだ。教材は前日に届くように手配済みだ。こっちは昨年の分だから全部チェックが入っている。今年の分はまだチェック入れてないけど」

 2期と3期の同じようなページが並べられ、それぞれ色々な項目に処理日とチェックマークが入っていた。

「ここにあるとおり、昨年の2期は上司に向けたオリエンテーションをやっていない。そうしたら事前課題の提出が遅れた人が多かった。だから今年は、受講者の上司にも事前課題の必要性を理解してもらおうと思って、オリエンテーションを組み込んでみた。事前課題の提出率は、去年よりもいい。あと数人を残すのみだ」

 リストを作るだけでなく、ちゃんと改善策も考えているということか。永塚さんがページをめくる。

「これが初回の設備のリスト。今年は去年とは人数が違うけれど、初回に準備する項目は同じだ」
「はい」
「で、これを見るとだな、初回は教室形の配置だ」
「…はい」
「自由に座ってもらうから、座席表はいらない。その代わり、リストに書いてあるが、卓上用と首から下げる名札を用意する。ホワイトボードは5枚」
「…はい、すみません」

 私は無駄な仕事をしてしまったわけだ。永塚さんの表情は変わっていないが、怒っていないか心配だ。

研修を企画・運営するということは

「まずは名札作りを頼む。あとは前日に、机の並べ替えと、ホワイトボードの準備だな。アテンドする俺たちの席は、作ってくれた座席表の場所でいい。他には入口のそばに名札や資料を置いておく机を用意して欲しい」
「はい」
「何か質問は?」
「えっと……あ、あの、名札! 名札って、名前だけ書いてあればいいですか?」
「いいところに気づいたな。新人研修は名前だけでよかったが、この研修は部署とフルネームにしてほしい。役職はいらない」
「わかりました!」
「渡した資料、ちゃんと読んどいてくれよ」
「はぁい、すみません」

 今まで適当に読んでいた。これは、ちゃんと読まないとマズイ。

 私は永塚さんから指示されたとおり名札を作り、ニューリーダー研修の資料にじっくり目を通すことにした。第1期の資料は受講者の活動内容が中心だったが、第2期はちょっと雰囲気が違っていた。さっき永塚さんが開いたページの辺りには、様々なチェックリストがあって、ちょっとした業務マニュアルのようになっている。

 受講案内の書類などもファイルされていた。受講案内は、研修自体の主旨や日時、過去の研修の成果を除くと、上司用と本人用で異なる内容になっていた。上司用は「自部門にとって、この研修に部下を参加させることが、どのような価値があるか」や「部下への期待の伝え方」などが書かれ、本人用は「通常業務のかたわら、この研修に参加することに、どのような価値があるか」などが書かれていた。

 私の知っているのは新人研修だけだ。そこでは、参加することが当たり前だった。言われるままに研修を受けていればよかった。けれど、今度のニューリーダー研修の受講者は違う。担当業務が忙しい中、上司からの期待を受け、自分でももっと会社に貢献したいという意志を持った人達が参加してくるんだ。

 研修を企画・運営するっていうことは、そういう人達の活動をサポートするとか、応援していくっていうことに繋がっている。