吉野明日香
株式会社エイチ・アール・ディー研究所 開発部 マネジャー

 私が新人として鶴亀魔法瓶に入社して、あっという間に3カ月以上が過ぎた。とはいえ、配属された人材開発部で、永塚さんという厳しい先輩の指導を受けながら、全社の人材育成に貢献できるようになるための修行中の身である。

 実際に研修の準備をしてみると、様々なことが綿密な計画のもとに成り立っていることが分かった。自分も勉強できるかなと思っていたアテンドと呼ばれる研修の立会いや準備など、どれひとつ取ってもきちんと計画され、配慮が行き届き、こんなところまでが仕事なのかと驚くことばかりだった。

 もっとも他の人が担当する研修の手伝いをしていると、永塚さんの担当している研修が異常に細かいところまで計画されているだけなんじゃないか…という気もしているんだけど…。でも、全社の戦略的人材育成に貢献していくことを考えたら、あそこまで考えてPDCAサイクルを回していくってのは理想的だと思う。

 PDCAサイクルは新人研修や大学の授業で習った。そういえば、Plan(計画)、Do(実行)、Check(チェック)、Action(改善)を回して改善していくだけでなく、その前に目指していくGoal(ゴール)を明確化しろと教授は口をすっぱくして言っていたなあ。こういうG-PDCAこそが重要だが、実際の仕事現場ではなかなか難しいものだとも。

 そういう観点で永塚さんの仕事を見てみると、ものすごく忠実にG-PDCAを実行していて、思わず教授に「ちゃんとやってる人がいました!」と希少生物でも発見したかのように報告したいくらいだ。こんな風に上から目線で部門の仕事ぶりを考えてみると、ちょっと面白い。

 このところ、自分がこの仕事に向いてるのかなとか、永塚さんや上司の期待にちゃんと応えられているのかなとか、モヤモヤしたものが梅雨前線並みに停滞している感じなんだ。あーあ、早く夏にならないかな。でも、会社員って夏休みほとんどないんだよね…。学生時代がちょっと恋しくなった。

新任課長研修を任されちゃった

「元谷さん、今日、岩松課長と会議だって言ってませんでしたっけ?」

 隣の席の平田さんに声をかけられ、私ははっとした。あと数分で15時。あわてて立ち上がる。

「わ、もうこんな時間! 平田さん、ありがとうございます」
「課長と永塚さん、さっき会議室に向かったみたいだったから」
「永塚さん、声掛けてくれればいいのに…。じゃ、いってきます」

 思わずこぼれた私のつぶやきに、平田さんが苦笑する。私は慌ててノートを持って会議室に向かった。

 会議室では、すでに岩松課長と永塚さんがコーヒーを飲んでいた。どこに座ろうかちょっと迷って、永塚さんの隣を選ぶ。

「どうも、遅くなりました」
「いや、時間はぴったりじゃないかな。少し永塚君からあなたの話を聞かせてもらっていたんだよ。どうかな、少しは仕事に慣れてきた?」
「あ、はい。まだまだ…永塚さんには教わることばっかりで」
「まだ新人なんだから、教わることばかりなのは別に恥ずかしいことじゃないと思うよ。永塚君が厳しくて、相談しにくいというようなことはない? …永塚君がここに居たんじゃ、答えにくいかなぁ」
「岩松課長、気にかけてくださってありがとうございます。大丈夫です」

 ニコニコしている岩松課長に、永塚さんは私のことをなんと伝えたのだろう。私は逆に自分が戦力として成長しているか聞きたいくらいだった。

「今日、元谷さんと永塚君に集まってもらったのは、そろそろ元谷さんに新しい仕事をお願いしようと思ったからでね。今度、実施する新任課長研修の担当を、元谷さんにお願いしたいと考えている。永塚君の意見では、どんどん任せてみた方が早く仕事を覚えられていいんじゃないかっていうことだし、担当を受け持ってもらえないかな?」
「新任課長研修をですか?」
「うん。もちろん、僕も永塚君もサポートはするし」
「…はい、ぜひ、やらせていただきたいと思います!」

 私は思わず立ち上がって頭を下げていた。