4月に岩松課長に「早く一人前になってほしい」と言われていたのが、ずっと頭に引っかかっていた。何ができたら一人前なのか、早くというのはいつぐらいまでなのか、よく分からなかったから焦っていた。担当を任されるってことは、一人前になるための大きなチャンスに違いない。

「まあ、座って。シンプルな案件だから、難しくはないと思うけれどね。もう3年も同じ先生にお願いしていて、日程も決まっているし、最終的な確認と当日のアテンドがメインになるでしょう。明後日、14時に先生をお呼びしてあるから、そのときに一緒に引継ぎの挨拶をして、後は元谷さんにやってもらいます。細かいチェックポイントは、どの研修も似たようなものだし、永塚君の指導方針にそってサポートしてもらえるといいんじゃないかな」
「はい、後はこちらでやっておきます。元谷さん、というわけだから、がんばれよ」
「なんだか永塚君はスパルタっぽいなぁ。元谷さん、そんなに緊張しなくても大丈夫だから」
「いえ、私、がんばります」

 岩松課長のソフト路線から見ると、永塚さんのはスパルタっぽく見えちゃうんだ。そんな風に言われても、永塚さんはまったく動じていなかった。私は永塚方式しか知らないから、厳しいけど、こういうものかなぁくらいにしか思ってないんだけど。

「じゃあ、これがすでに貰っている今年のカリキュラムと名簿だよ。明後日の打合せまでに目を通しておいてね」
「はい」

 その後、すでに手配が終わっているものについて簡単な説明をしてもらい、会議は終わった。

講師の先生にお会いしたものの・・・

 カリキュラムによると、新任課長研修ではメンタルヘルスについて学ぶらしかった。メンタルヘルスは新人研修で少しやったけど、課長もやるのかぁ。

 ニューリーダー研修の準備を思い出しながら、事前にすべきことを考えた。先生と会場はすでに決まっているから、次は受講者と上司に案内を出す。使用する教材・機材を手配する。座席表や名札を作る。会場の準備として机を並べたりする。当日は、出欠を確認したら、挨拶をして先生を紹介する。後は、この前みたいにアテンドすればいいだろう。

 手始めに研修の案内を書こうとして、何を書いたらいいのか悩んでいるうちに、先生との打合せの日がやってきた。

 先生がいらっしゃったので、岩松課長と共に応接室に向かった。

「お世話になっております」

 私は課長の後ろにくっついて、一緒に頭を下げる。先生は、課長と同じくらいの年齢に見える男性だった。メンタルヘルスを教えているからか優しそうな印象で、私はちょっと安心した。

「どうも、先生お久しぶりです。さっそくですが、紹介いたします。こちらが、新しく配属になりました元谷です」
「元谷です。どうぞ、宜しくお願い申し上げます」

 名刺の交換をしながら、挨拶をした。

「御社の新任課長研修を受け持たせて頂いている岡崎です。よろしくお願いします」
「どうぞ、お掛けください」

 全員が座ると、天気の話やら新聞記事の話といった雑談に突入した。私はとりあえず相槌を打ちながら話を聞く。ひとしきり話が終わって、ようやく課長が切り出した。

「先日もお電話でお伝えしましたが、今年の担当は元谷に引き継ごうと思っております。まだ慣れませんのでいたらない点があるかもしれませんが、宜しくお願いします」
「岩松さん、ご安心ください。御社のご事情も分かっておりますし、例年通りにやらせていただきます」

 岡崎先生が微笑む。

「あの、質問があるんですけどいいですか?」
「もちろんです。元谷さん、どういった点でしょうか」
「カリキュラムを拝見したんですが、ちょっとイメージがわかなくて…。これってどんな内容をやっていただけるんでしょうか?」
「カリキュラムだけではイメージがつかみにくい点もあるかもしれませんね。簡単にご説明しますと前半がストレスに対する対処法、後半は部下の方とのコミュニケーション・スキルを取り上げています」
「はぁ……」

 それは、なんとなく分かっている。だって、カリキュラムにも「ストレスへの対処法」とか「部下とのコミュニケーション」と書いてあるのだから。

「ええっと、というかですね…。この研修に出席することで、どんな効果が期待されているんでしょうか」
「効果ですか。…受講者の皆さんは新しく課長職に昇進される方々で、初めて部下をお持ちになると伺っています。そういったことに対する心構えやスキルをお伝えしていきます。コミュニケーション・スキルは応用次第で様々な方に対しても使えますから、覚えておかれると役に立つと思いますよ」

 私の隣で岩松課長はうなずいているけど、なんだか私は今ひとつスッキリしていなかった。

「元谷さん、今年の受講者の方は何名になられますか?」
「29名になります」
「それでは、6人のグループを4つに、5人のグループを1つということで、ご準備をお願いできますか? その他は私が使うホワイトボードがあれば結構です。教材は当日人数分を持参します。後は、こちらにお任せいただければ大丈夫ですよ」
「はい。宜しくお願いします」

 私は岡崎先生に言われたことをメモした。確かにこの情報があれば、研修はできると思った。