岡崎先生との打合せが終わって自分の席に戻ると、すかさず永塚さんから声をかけられた。

「打合せ、お疲れさま。講師の先生とはどんな話をしてきた?」
「どんな内容をやっていただけるのかとか、どんな効果が期待されているのかとか聞いたんですけど、なんか、まだイメージがつかめないんですよね。後は受講者の数を聞かれたので、グループ何人づつにするとか、ホワイトボード用意するとか、そういう話を」

 永塚さんは私の話を聞いて、少々むっとしたようだった。いつもにこやかな岩松課長とは対称的に、永塚さん怒りっぽい雰囲気だからあんまり分からないんだけど、だんだん察知できるようになってしまった。

「何か、まずかったですか?」
「自分でまずいと思う点はなんだ?」

 恐る恐る聞いてみれば、永塚さんの必殺技の質問返しがやってきた。永塚さんは私のOJTトレーナーだし、今回の件もサポートすると課長の前で明言してくれているけれど、基本的に不親切…というか、自分で考えろという指導方針らしい。らしいというのは、自分で考えずに「教えてください」と聞きに行っても、「まず、考えろ!」と言われるパターンを何度も経験しているところから、推測したにすぎないんだけど。

「順を追って説明しますと、まず私は受講者と上司向けの案内を書こうとしていました。去年の案内にプラスして、今年はもうちょっとニューリーダー研修みたいに、やる気をもって参加してもらえるような言葉を入れたいと思ったんです。だから何をやるか分かったらアイデアが浮かぶかなぁと。…何をやるかとか聞いたら失礼でしたか?」
「失礼とかいう問題じゃなくてだな…。根本的な話からいくと、研修っていうのはプロジェクトだ。プロジェクトには、まず目標がいるだろ。この新任課長研修の目標は?」

研修を社外の先生にお願いするということ

 私は岩松課長から渡された資料をめくった。

「新規で課長職に着任する者が、職責の意義を理解し求められるスキル(部下とのコミュニケーション)を習得すること、となっています。先生もそうおっしゃっていたので、ご存じだと思います」
「それは今年もこちらからお伝えすべき内容だな。次、去年と今年で、会社の状況や受講者に特徴の違いはないか?」
「……さあ?」
「さあ? じゃない。調べるんだ。受講者や彼らを取り巻く会社の環境に変化はないだろうか? 今回の研修だと、例えばメンタル面での休職者数の推移はどうなっているか? そういう点について会社の施策に変化はないか? 現状が分からなければ、目標をどうやって達成させるのか、何をどこまで期待すべきか、明確に定義できない。岩松課長は分かってるはずだから、後で聞いておくように。ちゃんと今年の受講者の特徴を調べて、注意すべき点や、調整すべき点を洗い出せ。それを先生にお伝えするんだ」

 私は慌てて永塚さんの話をメモした。

「それから、日本でこういうメンタルヘルスに関する研修をやっている会社や先生は山ほどいるわけだが、そんな中で岡崎先生に依頼しているのはなぜだと思う?」
「何年もお願いしているみたいですし、…うちの会社のことも分かってると仰ってました。いい感じなんじゃないでしょうか」
「何度もお願いしているのは、社内的に実績が評価されているからだろうけど、そもそもお願いした理由ってなんだろうな」
「そもそも、ですか…。それも課長に聞いておきます」
「たとえ引継案件でも元谷さんが担当になるんだから、なんでその先生にお願いしているかは知っていなきゃ。さっき、受講案内にやる気を持って参加してもらえるような言葉を入れたいって言っていたが、先生も同じだ。仕事として請け負ったからというだけじゃなく、やる気を持って気持ちよく研修を受け持ってほしい。先生といっても、学校の先生のように一方的に教えてもらうわけじゃない。こちらから色々とお願いして、先生の得意な領域を活かしながら調整してもらう。このプロジェクトのオーナーは人材開発部だから、先生だってプロジェクトの中ではリソースの一部にしか過ぎないし、元谷さんは担当者として自分より目上の人であってもうまく巻き込んでいくことが仕事になるんだ」
「む、むずかしー」
「ちゃんとやろうと思ったら簡単な仕事じゃないが、ここまで考えてやれば、研修には特別な価値が生まれると思う」