吉野明日香
株式会社エイチ・アール・ディー研究所 開発部 マネジャー

 先日、突然部門会議にやってきた小谷専務が、営業力強化のためのマーケティング研修をやろうと号令を出した。うちの社名は鶴亀魔法瓶だし、専務は創業家の四代目だから、正真正銘の鶴の一声だ。思いつきのように聞こえる言葉でも影響力は強い。

 このマーケティング研修の企画に際し、倉持部長から営業企画部へのヒアリングを指示された。もともと大学でマーケティング関係を勉強していたということを覚えていてくださったらしく、なんだか重要な仕事を任せてもらって嬉しい半面、緊張もしている。

「元谷さん、例のマーケティング研修の件で、ちょっと打合せの時間をもらえますか?」
「はい」

 倉持部長に声をかけられ、部屋の隅のミーティングスペースへ移動した。

マーケティングセンスって何だ?

「マーケティング研修の件について、準備計画を立てたいと思っています。小谷専務がお忙しいため、私が具体的なお考えをお伺いできるのは来週になりそうです。ですから、先に進められる部分は、やっておきたいと思っています」
「はい」
「小谷専務は、スピーディーに物事を進めることが好きな方です。私の予想ですが、年度末にはマーケティング研修による何らかの成果を求められるのではないか、と考えています」

 専務がスピーディーなのが好きというのは、ほとんど会話をしたことのない私でも分かる。なんといっても、会議中に直接話をするためにやってきてしまうような方なのだ。

「年度末というと、来年の3月末・・・ですか?」
「はい。逆算すると、下期の頭には研修を開始したいところでしょう。もう8月ですから、急がなければなりません」
「分かりました」
「元谷さん、このマーケティング研修の目標はなんだと思いますか?」

 私は慌てて持ってきたノートをめくった。

「専務が会議でおっしゃっていたのは、“営業がマーケティングセンスを磨いて、戦略的かつ積極的な活動をしてほしい”ということでしたが…」
「そうですね。では、マーケティングセンスとはなんでしょう?」

 部長の質問に、思わず私は唸ってしまった。