引継ぎの打ち合わせに、永塚さんは例のごとく分厚いファイルを持って現れた。永塚さんは、研修ごとにきちんと資料をファイリングしている。引継ぎを受ける側としては、非常に整理されているので分かりやすくて助かるが、全部に目を通そうとするとそれだけで時間がかかってしまうので、注意が必要なのだ。

「今日は引き継ぎ宜しくお願いします」

 私はペコリと頭を下げた。

「昨日、自分でも何をやったか振り返っていたみたいだから、大体分かってると思う」
「…いや、受けるのとやるのは大違いですよ?」
「当たり前だ」
「はぁ」

 なんだか禅問答みたいになってきたなぁ。永塚さんが黙っているので、私は新人研修のテキストの最初のページを開いて質問をした。

引継ぎで、見えていた部分とその裏側の因果関係が明確に

「ここに、目的『鶴亀魔法瓶の一員として活躍できるようになるために』、目標『社会人の基礎となるスキルを習得し、自社を知り、やる気を持って仕事のスタートを切れるようになること』と書いてありますが、もう少し具体的にいうと、どういうことですか?」
「新人には、鶴亀魔法瓶に入って良かったなと感じてほしいと考えていた。どこでもいいから就職できてよかった、なんて思われたくはない。しかも、世の中でどんなポジションにあって、何をしているのか、それらを分かった上で一員として働くことに、やりがいをもってほしいとね」
「そんな意識的な話だったんですか…。言われてみると、就職活動では分からない鶴亀魔法瓶の良さを、新人研修で色々な人にお会いする中で実感できたと思いますが」
「じゃあその辺は、狙い通りにいったということだ。それだけじゃなくて、スキルもずいぶんやったけど。新人研修の特徴って何だと思う?」

 特徴って言われてもなぁ。私は思いついたことを適当に答えた。

「入社して初めての研修。講師として、色々な役職の人が来る。期間が長い。…学生のときはお金を払って勉強していたけれど、研修はお給料をもらえる」
「そんなところかな。それに新人は配属が決まっていないから、変に自分の立場にこだわることもない。一番ニュートラルな立場で、自社について包括的に学習できるチャンスだ。それを最大限に活用するためにも、PDCAをうるさく言って、スキルをしっかり身につけてもらった」

 こうして永塚さんの説明を聞くと、自分の見えていた部分とその裏側の因果関係が明確になっていく。因果関係まで理解できれば、私が同じような場面に直面したときに、どうすべきかの参考にすることもできる。永塚さんにしてみれば、こういう引継ぎも、ひとつのPDCAなんだろう。

「新人に必要なスキルについては、倉持部長、岩松課長と洗い出したものに、前年度の振り返りや内定者の情報とあわせて、調整した。これが、今年度の目標に組み込んだスキルの一覧表。来年度の調整については元谷さんが考えてから、僕に相談してほしい。その後、部長の許可を得ることになる」

 私は渡されたファイルの資料を見ながら、付箋に「振り返り・内定者→調整検討」と書き込んで貼り付けた。かなり細かく定義されていて、例えば「電話の応対」「社内・社外向けe-Mailの作成・返信」なんてものもあった。

「分かりました。研修の目標、測定するのが難しいなぁと思っていたんですけど、裏では細かく定義してあったんですね」
「新人は、できないと困る基本的なスキルが多いから、きっちり押える必要がある。それから元谷さんにも答えてもらったが、配属後3カ月目に、新人本人、OJTトレーナー、上司の三者から、アンケートとインタビューで情報を収集した。それが、これ」

 アンケートの結果が、グラフにまとめられている。新人研修で身につけたことの活用度合いは、そこそこの数字のように見えた。もちろん、部署や個人による差はあるんだろうけれど、全体として問題はなさそうだ。