新人さんたちの前で自己紹介すると、ちょっとしたざわめきが広がった。「…なんか変なこと言ったかな?」。予想外の反応だが、私はそのままスライドに資料を表示させ、新人研修の目的や研修期間中の過ごし方について説明を続けていった。

「ところで、皆さん、昨日は眠れましたか?」

 新人さんたちは、ノーリアクションである。無理やり、一番前の席に座っていた男子に「どう?」と詰め寄ってみる。

「え…普通です」

 普通って、そんな! そこは空気読んで、緊張で寝れなかったとか言ってよ~!

永塚さんを紹介するのを忘れてしまった

「まぁ、あんまり寝れなかった人もいるんじゃないかと思いますけど、これからとっても大事なことをやりますから、きちんと聞いてください。次は社内規定について総務部から説明します。社内規定というのは、うちの会社のルール、法律のようなものですね。守らなければならないことや、休暇の取り方などについても説明しますからね。教えてくださるのは、総務部の細田さんです。宜しくお願いします」

 細田さんが後ろから前の方に歩いてくる。私は中央のポジションを細田さんに譲って、後ろの席に下がった。

「ご紹介いただきました、総務の細田です。いろいろ説明を始める前に、もう一人紹介しましょう。元谷さんと同じ、人材開発の永塚さんです」

 細田さんが後ろを指し、永塚さんが立ち上がる。

「永塚さんは、去年の新人研修を企画してくれました。非常に厳しい人ではありますが、元谷さんと一緒に君たちを助けてくれると思います」

 まずい…。永塚さんを紹介するのを忘れていた。私は頭を抱えたい気分でいっぱいだった。でも人前でそんなことできないし。

「永塚です。今年はサブ担当として新人研修の運営をやってます。インストラクターとして皆さんの前に立つ機会も多いので、ちゃんとした自己紹介はその時にでも。こうやって後ろで見ていることもありますが、不審者じゃないので、よろしく」

 新人さんたちが不審者という言葉に少し笑い、永塚さんは笑顔で軽く頭を下げた。細田さんの紹介では厳しい人っていう怖い印象なのに、今の冗談めかした感じで好感度アップじゃないですか。去年は最初から厳しそうな人という印象でバリバリやっていたし、部内では笑顔なんか見せることはないのに…。

「はい、では、本題に入ります。社内規約というファイルを出してください。皆さん手元にありますか?」

 細田さんの説明が始まり、研修室の空気がまた静かに戻っていく。永塚さんはそっと立ち上がり、私にも一緒に出ろというように出口を指差した。

「元谷さん、明日のためにも今すぐ反省しておいた方がいい点があるんじゃないか」

「はぁ…。いろいろ滑りましたよね」

「ミーティングスペースに行くぞ」

「はい」

 これから永塚さんにこってり絞られるんだろうなぁと思うと足が重かった。