細川馨
ビジネスコーチ(株) 代表取締役

細川:まずは高見さんの簡単なプロフィールについてお知らせいただけますか。

高見:宮崎県宮崎市の出身で、高校までは宮崎で育ち、大学から上京しました。大学は経済学部で、いろいろなことを勉強して(笑)、5年間在籍しました。卒業してからアメリカ系の信託銀行に入行し、年金資産の管理・運用に4年少々携わり、その後は2年ほど留学し、実家に戻る準備をしました。

 元々実家が葬祭業をしていたので、30歳でそこに戻ることを父親と約束していました。戻るにはまだ勉強が足りないということで、アメリカのメリーランド州の大学に経営学を学びに留学し、アントレプレナーシップとアカウンティングを勉強しました。人生においてちゃんと勉強したのはここが初めてではないかと思います。MBAを取り、帰国して実家に戻りました。

 実家の事業は父親が創業してから35年間右肩上がりだったのですが、売上が激減し始め、なんとか食べていかなくてはという状況になりました。55人くらい社員がいましたが、実家に戻ってからの私の最初の仕事のほとんどはリストラでした。一方で、競合が入って売上が落ちていたので、お金がないところは小回りが利くように、差異化を図ろうと考えました。そのための人材を入れたのですが、逆にコスト高になってしまい、利益が下がりました。それが最初の2年間です。

家族葬を最初に思いつく

 その間、1年足らずのときにこの会社(エポック・ジャパン)に社長として呼ばれたのです。全国でエポックというブランドを作っていくという構想があり、全国の政令指定都市に住む葬儀屋12名で、割安な葬儀商品を全国展開しく会社を立ち上げるという話になっていました。最初はボランタリーチェーンで、11番目に声がかかりました。みんな自分たちが商売している地域があり、東京で一生懸命やる人がいないと言われました。私はチャンスだと判断し、すぐに入れてくださいと頼みました。その1年後、エポック・ジャパンが誕生し、私は業界で一番若くて、経験も少ない社長という状況でスタートしました。この時は、宮崎と東京に、ひと月の半分ずつ滞在しながら仕事をしていました。

 最初はまだブランドが固まっておらず、割安な価格を打ち出せば、なんとかなるのではないかと思っていました。しかし実際は、売上は伸びず、株も12等分でリーダーシップを発揮するのが非常に難い状況でした。資本政策を甘く見ていた面もあります。

 そうこうしているうちに、宮崎の実家の会社はどんどん売上が落ちていきました。そんな中、宮崎で何とかうまくいったのが、葬儀に必要な総額をセットにした「ファミーユ」という商品です。セットプランを作ることで打合せの時間を短縮し、残されたご家族にゆっくり故人様とお別れをして欲しいという想いから生まれた商品でした。これを東京にも持って来て、エポック・ジャパンでもスタートさせることにしました。エポック・ジャパンの一部資本を買い取らせてもらい、本腰をいれました。それが33歳くらいのときです。

 宮崎で成功したので東京でも同じようにやってみましたが、マネジメントが下手だったので、商品のコンセプトをうまく伝えていくことができず、周囲の人とのコミュニケーションの取り方について悩んだときもありました。会社の理念を、社内にしっかり植えつけることを省いていたかもしれません。

 エポック・ジャパンは設立13年がたちました。昔の葬儀業界は、儀礼という言葉を盾に価格を不透明にして高い料金を設定し、他社とあまり競争をしなくていいという状態でした。私はそこに大きな問題があると感じていたので、価格を明瞭に打ち出すことに力を入れてきました。また、ご家族がお別れの時間をゆっくりと悔いなく過ごせるように、家族葬という商品をつくり、これまでご葬儀を承ってきました。今では「家族葬」を多くの葬儀社が提供しています。社会的にも認識されるようになり、大きな意味があったのかと思います。

細川:高見社長が家族葬をつくられたのですね。

高見:そうです。葬儀会社は右に倣えで、みんな同じ商品を売るのが慣例です。最初は、「こんな密葬みたいな商品は売れるはずがない」とずっと言われていました。ただ私はそんなことはないと感じていました。仮説は当たっていたと思います。

細川:いろいろな人から会ったこともないお父さんやお母さんが亡くなりましたというお知らせをいただくことがあり、どうしたものかと感じるときがあります。私の母は6年ほど前に亡くなりました。遺言に、葬儀は家族だけでいいとあったので、家族葬を北海道でやらせていただきました。とてもよかったです。

高見:近しい方だけで執り行うお式は、ゆっくりお別れの時間を過ごせると思います。遠い関係の、例えば会社のつながり等の義理で、多くの参列者がいらっしゃるようなお式の場合、ご遺族は参列者への挨拶回りで葬儀が終わってしまい、故人様とゆっくりお別れ出来ないこともあるのです。それはおかしいのでは、と感じたりします。

株式会社エポック・ジャパン
高見 信光(たかみ・のぶみつ)
代表取締役
1967年生まれ。上智大学経済学部卒業後、チェースマンハッタン信託銀行(旧ケミカル信託銀行)勤務を経て、1998年メリーランド州立大学にて経営学修士(MBA)を取得。1998年、綜合葬祭株式会社みやそうに入社、常務取締役に就任。2000年株式会社エポック・ジャパンを設立、代表取締役に就任し現在に至る。