リップシャッツ 信元 夏代
アスパイア・インテリジェンス社 代表取締役

 前回のコラムで、ホフステッドの「Dimensions of National Cultures」について触れ、「個人主義対集団主義」について少し解説しました。アメリカに比べ、日本は集団主義的傾向の強い文化です。和を尊み、思いやりの心を持ち、チームワークに優れています。一方で、集団主義の文化では、内集団を形成し、その中での人間関係をまず尊重する傾向が強いのも事実。「ウチ」と「ソト」との対応が大きく異なることも多々あります。

 例えば、どんな時にこの傾向が現れるでしょうか?

他人への配慮の常識、非常識

 日本人の観光客や留学生から、「アメリカ人はレディーファーストだからやさしい!」というような声をよく耳にします。お店やエレベーター、電車などでも、男性がドアを押さえ、女性を先に通してくれる ―― そう、あれのことです。強面のお兄さんからティーンエージャーの男の子まで、ごくごく自然にドアを押さえて待っていてくれるのです。でも、よく観察してみてください。確かにレディーファーストのことが多いですが、男性同士でも、重そうな荷物を持っていたり、目上の人がいたりすると、ちゃんとドアを押えて「After you(お先にどうぞ)」と言ったり、荷物を持つのを手伝ってあげたりしている光景も見受けられるはずです。

 極度な個人主義文化が見られることも多いニューヨークでさえも、赤の他人を助けようという行為は日常の常識です。これは、個々人のスペースは個人のものとして干渉しないながらも、他を助ける精神、というのは共通の基本的精神論として浸透しているからでしょう。ですから必ずしもレディーファースト、というコンセプトに基づいているわけではないのです。

 一方、日本ではどうでしょう。筆者も日本に年に数回出張に行き、その度に驚くのです。礼儀を重んずるはずの日本人が、エレベーターなどではドアを押えてくれるどころか、皆一目散に我先にと乗り込んでいきます。どんなに大きな荷物を持っていようとも、ドアを押えてくれたり、ましてや「持ちましょうか?」などと声をかける様子を見かけたことはほとんどありません。おなかの大きい妊婦さんが、わざわざバッグに「おなかに赤ちゃんがいます」というタグをつけていなければ席を譲ってもらえないのも不思議です。混雑した駅や交差点で人にぶつかっても、アメリカ人のように、「Excuse me!」という言葉をかけるひともいません。このような光景はアメリカ人から見たら大変非常識に映ります。

 しかし一度、次のような光景を目にしたことがあります。5、6人の中高年グループが電車に乗り込んできました。その時に空いていた席は2席。すると、全員がお互いに対して、「どうぞ座ってください」「いえ、私は結構ですからあなたが」「あら、ではあなたの荷物を持ってあげますから」というようなやり取りをしばらく続けているではありませんか。

 日本人の前者の例と後者の例、このギャップは何でしょうか?