リップシャッツ 信元 夏代
アスパイア・インテリジェンス社 代表取締役

 日本人にとってはごくごく当たり前の「先輩・後輩」という言葉。これをアメリカ人に対して訳そうとすると、しばしばそのコンセプトまで説明しなければ理解してもらえません。あえて直訳するなら「Senior/Junior」ですが、そのニュアンスまでは伝わりません。いわゆる「先輩・後輩」というコンセプトがアメリカにはあまり見られないからです。たとえ年齢が同じでも学校の入学年度や会社への入社年度が1年違うだけで、「先輩・後輩」の関係が暗黙のうちに出来上がり、同年齢の「先輩」に対しても敬語を使う ―― 。このような行動の差が発生するというのは、アメリカ人には理解しがたいコンセプトです。

 これまでもご紹介したホフステッドの「Dimensions of National Cultures」のモデルの中には、「権力格差」という尺度があるのですが、まさに上記の例がこれに相当します。

権力格差と人間関係

 ホフステッドは、権力の格差を「それぞれの国の制度や組織において、権力の弱い成員が、権力が不平等に分布している状態を予期し、受け入れている程度」と定義しています。権力格差が比較的小さい国では、人々の間の不平等は最小限度に抑えられる傾向にあり、権限分散の傾向が強く見られます。ですから会社などでは、部下は上司が意思決定を行なう前に相談されることを期待し、特権やステータスシンボルといったものはあまり見受けられません。たとえば「上司の意見に同意できない」と思った部下は、ためらいもなく徹底的に上司と意見のぶつけ合いをすることでしょう。そして上司もそれを「当然のことだ」と受け止めるのです。

 これに対し権力格差の大きい国では、人々のあいだに不平等があることは当たり前なこととして受け取られ、権力弱者は強者に依存する傾向が強く見られます。給料や特権、ステータスシンボルの面でも部下と上司は大きな隔たりがあるのが当然、と考えます。ですから、たとえ「上司の考えは違う」と心の中で思っていても、部下は上司の指示には黙って従うのです。上司も、自分の意見に異議を唱える部下を快くは思わないことでしょう。

 筆者も実はこのような経験があります。コンサルタントになりたてのころ、当時の筆者の倍の年齢だったあるクライアントの重役に対し、分析結果を論理的に説明したところ、「あなたにそんなことを説教される筋合いはない」と切り捨てられました。フィーを払って自らが雇ったコンサルタントに対してでさえも、「目下」から意見をされることに不快感を覚え、目上としての尊厳が傷つけられたと感じたようです。あるいは、「自分の意見はコンサルタントからもお墨付きをもらった正当な意見だ」と社員全員に示し、上司として部下に有無を言わせぬ環境に持っていきたかったのかもしれません。

 「権力格差」に対する捉え方と対処方法を間違ってしまうと、このように互いの関係に直接的に影響してしまうことが多々あるのです。