米国や欧州では、投資家を中心に企業に対して「人的資本」の情報開示を求める動きが進んでいる。人的資本とは、いわゆる経営資源の「ヒト・モノ・カネ」の「ヒト」に関する内容だ。特に米国では、上場企業への義務化がほぼ確定的な情勢になっている。これは世界的な潮流であり、早晩、日本企業にも対応が求められてくるだろう。前編と後編の2回に分けて、人的資本の情報開示に関する欧米の動きと企業の対応などを報告する。前編では、なぜこのような動きが進んでいるのか、その経緯と概要について解説する。
(取材・文=平沢真一)

(写真:123RF)

投資家が人的資本の情報開示を要求

 企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ」といわれる。このうち、モノとカネについては財務諸表やアニュアルレポートで詳しく報告されてきたが、ヒトの情報の開示に関しては、あまり重視されてこなかった。産業構造の柱が製造業や設備業だった時代には、企業競争力の主な源泉は、工場やプラントなどの設備資本と金融資本だったからだ。

 ところが、近年、IT産業やサービス業が台頭してきた。

 インターネットやモバイルを駆使する新しい産業では、必ずしもモノやカネを持たない企業が巨大な市場価値を生み出している。こうした企業競争力の源泉は、従業員の能力やスキルだ。人の能力やアイデアが大きな富を生む時代になり、人に関する資本、すなわち「人的資本」を見なければ、企業価値を正しく判断できなくなってきたのだ。

 これを受け、米国や欧州の投資家を中心に、企業に対して人的資本の情報開示を求めるようになった。その動きは、この数年間でほぼ確定的となっている。

米国証券取引所が情報開示を義務化へ

 そうした投資家の声が一気に顕在化したのは、2017年7月のことだ。

 米国市場に巨大な影響力を持つヒューマン・キャピタル・マネジメント連合(HCMC)が、米国証券取引委員会(SEC)に対し、上場企業の情報開示規則の見直しを申し立てた。同規則に人的資本の情報開示を組み込むよう要求したのだ。HCMCは、2013年に全米自動車労働組合退職者医療保険基金を中心とした9つの機関投資家によって設立された団体で、4兆ドル超の資産を運用している。

 続いて、2018年3月、SECの投資家諮問委員会(IAC)が、これを支持する意見書を提出。この中で「米国の金融市場は、企業の人的資本を価値の源泉とみなしている。投資家は、企業が人的資本の経営にどう取り組んでいるか、その実態の開示を求めている」として、「現状の会計処理や情報開示要件は、これを満たしてない」と述べている。