個々の社員は優秀なのに、組織としてのパフォーマンスに結びつかない――。このような悩みを抱えている管理職の方は少なくないだろう。特に、在宅勤務など新たな働き方への転換により、部署単位でのパフォーマンス向上の難しさが浮き彫りになってきた。こうした状況から脱するための新たな理論を提唱しているのが、スポーツ心理学博士の布施努氏だ。同氏は大学卒業後に14年間、住友商事で働いた後に渡米。応用スポーツ心理学の世界的な第一人者であるダン・グールド博士に師事し、スポーツ心理学博士号を取得した。現在はスポーツの世界にとどまらず、数多くの日本企業に対して幅広い分野でコンサルティングを行っている。同氏に組織パフォーマンス向上や人材育成のための秘訣を聞いた。
(取材・文=日経BP 総合研究所 ライター 吉川和宏)

布施 努 氏(撮影:吉川和宏)
株式会社Tsutomu FUSE, PhD Sport Psychology Services 代表取締役。
慶應義塾大学卒業後に住友商事を経た後に渡米。ウエスタン・イリノイ大学大学院修士課程(スポーツ心理学専攻)修了後、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校でスポーツ心理学博士号を取得。在学中、米国五輪組織やNFL、NHLのリサーチ・コンサルティングを行う。帰国後、慶應義塾大学、早稲田大学、JR東日本、桐蔭学園ラグビー部などのスポーツチームの指導を行い、チームを短期間で全国大会優勝に導く。ビジネスの世界でも三井物産や東芝、監査法人トーマツなどからチームビルディングや組織パフォーマンス向上、ライフスキルの講師として招かれるなど、スポーツからビジネスまで幅広い分野での指導を行っている

 「管理職であれば、誰でもPDCA(計画・実行・検証・改善)サイクルの重要性は理解していると思いますが、実際にこのサイクルがきちんと回っているという組織は極めて少ないのが現実です」。布施氏は、このように強調する。特に日本企業では、計画の段階に長い時間や多大な労力をかけているのに、実行してうまくいかないと検証の段階にたどりつかずにフェードアウトしてしまうケースが多いという。「PDCAが回っているという組織でも、たまたまうまくいったものだけが生き残っているのが現実です」と語る。

 さらに、サイクルが一回りするのに長い時間を要する点も問題だという。確かに、計画から改善に至るまでに短くても四半期、通常は半期や1年くらいの期間が必要になるだろう。同氏は「経営環境が目まぐるしく変わる現在では、変化に応じて俊敏に軌道修正をかけていくことが必要です」と指摘する。

「仮説・実行・データ」のサイクルを短期間で回す

 そこで布施氏が新たに提唱しているのが「仮説(の立案)→実行→データ(の収集と検証)→仮説(の修正)」というサイクルを短期間に回していく取り組みだ。

 この取り組みのポイントは、起点が「計画」ではなく「仮説」であることである。同氏は「まず、今以上の成果を出すための仮説を立てて即座に実行することが大切です」と語る。仮説は、結果的に間違っていてもよいという。実行の結果から集まるデータを検証し、それに基づいて仮説を修正する。このサイクルを週次のような短い期間で回していくのだ。これによって次第に仮説が「勝利の方程式」に近づいていくのだという。

 実は、このサイクルは勝利を勝ち取るための応用スポーツ心理学の理論に基づいた手法である。布施氏はスポーツチームの支援を行う際に、全員に「仮説・実行・データ」のプロセスを意識するように指導している。こうした指導を受けたチームは、試合中でも相手の動きを見て、新たな仮説を立てて軌道修正をしながらプレーできるようになるという。布施氏は「1カ月ごとに計画を立てて練習しているチームと、毎日のように仮説を立てているチームでは力量に大きな格差が生まれてきます」と語る。同氏が指導を行った桐蔭学園ラグビー部や早稲田大学ラグビー部、慶應義塾大学野球部は日本一の座に輝いた。