細川:冨安さんと葬祭業との出合いから、創業の経緯、そして今に至るまでを教えてください。

冨安:このビジネスと出合ったのは、大学に入学する3週間前でした。冨安家は自立型家族でしたから、少しでも仕送りの助けになればと、とにかく短期でアルバイトをしようと思っていました。高校時代も喫茶店でアルバイトをしていましたので、近くの喫茶店に行ってみたのですが、そこで、時給1,000円でアルバイトをしないかと声を掛けられました。38~39年前は時給が400~500円の時代でしたから、「危ない仕事だと、親に顔向けできないから嫌です」と言いましたが、世のため人のためになるアルバイトだということだったので、時給に釣られて行ってみたら、葬儀社でした。喫茶店のマスターに、コーヒーを飲みに来ていた葬儀社の店長が、「学生に『アルバイトをしないか』と声を掛けても、葬式なんて嫌だと断られてしまう」と相談したところ、葬式と言わずに時間給だけ言えばいいんじゃないか、ということだったようです。

 仕事の内容は、片付けや飾り付け、人工(にんく)的なことでしたが、ある日、集金の時に先輩社員が、ご遺族の方に涙ながらに感謝されているのを見ました。どうして、こんなに感謝されているのかと思いました。大切な人を亡くした悲しみの中で、滞りなくきちんとお送りするお手伝いをすると、本当に喜んでもらえます。今みたいにインターネットで調べられない時代の話ですから、なおさらです。

細川:それは感動しますね。

冨安:本当に鳥肌が立つくらい感動しました。社会性の低さや嫌がられる仕事だ、ということはすべて頭の中から飛んで、ただ、この先輩社員みたいに感謝される人になりたいと思いました。ですから、人工的なことだけではなく、一連の流れを全部やりたかったのですが、社員しかできないということでした。迷わず「社員にしてください」と言ったところ、「学歴社会なんだから、大学に行きなさい。まだ、世の中のことが分かっていないから、先輩の姿を見て、なりたいと言っているかもしれないが、とても社会性が低く見られる仕事だし、君の指導係が41歳で1番若いんだから」と逆に説得されました。なるほどとは思いましたが、それでもやりたくて、先輩みたいになりたくて仕方がありませんでした。

細川:どんな葬儀社でしたか?

冨安:冠婚葬祭互助会の葬儀社でした。結局、社員にさせてもらって、そこでずっとサラリーマンをやっていくつもりでしたが、3年半くらい経った頃、父ががんで手術するのを機に、実家のある愛知県豊川市に戻ることになりました。

細川:大学には行かなかったんですか?

冨安:行きませんでした。父が手術するからと電話が掛かってくるまで、大学に行っていないことは、親に内緒にしていました。父の手術が無事に成功したので、今度は東海地区大手の会社で、一生懸命働きました。最初の会社で「徹底的にご遺族に尽くせ」と教えてもらいましたから、ご遺族に尽くしていたら、アンケートもない時代に御礼の手紙が来るような社員になっていました。すると今度は店長を任されるようになり、仕入れ値がすべて分かるようになりました。

徹底的にご遺族に尽くせる葬儀社を目指して独立の道へ

細川:店長を任されるようになったのは何歳の時ですか?

冨安:その会社に入って1年半くらいでしたから、25歳です。入社して1年半で、その大型店の店長の座を私が任されたわけですから、「最も市場が大きい名古屋の店長は俺がやる!」と思っていた他店の店長たちからは、「入社したばかりの若造に何ができるんだ。絶対にできるはずがない」と言われたりもしました。私もそう言われると「絶対やってやる!」と思うタイプですから、さらに一生懸命やっていたら、今度は何店舗かを率いたマネージャーを任されるようになりました。

 でも、その頃、生活保護者を切り捨てるという方針を会社が出しました。お金を持っていない人は個人葬儀社に任せておけばいい、警察扱いの行旅死亡人の方や、生活保護を受けている方は断れというわけです。最初の会社でお金を持っていてもいなくても、ご遺族が一人でも、仮にご遺族がいなかったら、自分がご遺族だと思って丁重に送ってやれ、お客様を分け隔てするなと教えられていましたから、「それは絶対にやってはいけないことではありませんか?」と経営陣に進言しました。一族で経営している会社でしたから、方針が決まったことに対して進言した人は、過去にいなかったそうです。

株式会社ティア
冨安 徳久(とみやす・のりひさ)
株式会社ティア 代表取締役社長
【経歴】
1960年、愛知県宝飯郡一宮町(現:豊川市)の果樹園農家の長男として生まれる。
1979年大学入学直前アルバイトで始めた葬儀の仕事に感動し山口県の葬儀会社に就職。
1982年、父の病をきっかけに愛知県に帰り大手互助会に転職。
1990年頃、生活保護者の葬儀を切り捨てる会社の方針に納得できず独立を決意。
1997年、株式会社ティア設立。翌年1月に1号会館「ティア中川」をオープン。葬儀価格を完全開示し、明瞭な価格体系で業界革命を起こす。
2006年名証セントレックスに上場。中部圏初の葬祭上場企業となる。
2009年以降 「カンブリア宮殿」(テレビ東京)「The サンデーNEXT」(日本テレビ)などいくつかのテレビ番組に取り上げられ、「感動葬儀」として注目を浴びる。
2014年東証・名証一部へ上場。
2018年8月現在、直営・フランチャイズ・葬儀サロンを合わせ100店、葬儀施行数は年間 1万3,000件以上に及ぶ。
近著『最期の、ありがとう。(新・ぼくが葬儀屋さんになった理由 わけ )』(㈱Wonder Note 刊)ほか著書多数。また小・中・高校の生徒を対象に「命の授業」と題した講演活動も積極的に行う。