みなさんはもちろん、私も完全な戦後世代です。そんな私たちも、振り返れば大震災や今回のコロナ禍など、それなりにいろいろ経験することになり、人間の一生は決して平坦ではないのだと痛感しています。

 ビジネスパーソンとしての「生涯」も同様です。まさに「あんな坂、こんな坂、まさか」を乗り越えていかねばなりません。

 私が社会人になった頃は、大手企業に職を得れば食うには困らないというのが共通の認識でした。とくに、銀行や大手保険会社などはその典型であると考えられていました。しかし、実際には、そうしたところに勤めた人たちの多くが、50歳代を迎えて給料が減らされ、リストラ対象となっています。

 そして、なまじ「エリート」であっただけに、そういう状況に置かれた自分を認めることができず、新しい環境に自らを投じることもできず苦しんでいます。

 これは、彼らに限ったことではありません。今の時代、年代や性別、職種に関係なく「安泰」などどこにもないのです。

 30代で優秀な成績を上げた人が、40代以降もずっとそういう状況を続けられるわけではありません。

 プレイヤーとして高い評価を得ていた人が、有能なマネジャーになれるというものでもありません。

 昨日まで通用したスキルが、ある時から全く無用の長物になるかもしれません。

 ある企業の営業担当マネジャーは「俺のやり方を見て」が口癖でした。彼は威張った上司ではなく、どちらかというと部下に丁寧に仕事を教えるタイプでした。聞かれたことにはなんでも答え、自分の手法を隠すことなく部下に伝えていました。

 平時には、これでも良かったのかもしれません。でも突然のリモートワークで、その手法が全く機能しないことを思い知らされたといいます。彼は、離れた場所にいる、どんな部下にも通じる共通の「言葉」でやり方を教えることができなかったのです。

 本連載で、私が何度も繰り返し述べてきたのが、人に仕事を付ける「メンバーシップ型」から仕事に人を付ける「ジョブ型」への転換です。望むと望まざるとにかかわらず、それをやらないビジネスは生き残っていけないし、企業はその方向へかじをとっていくことは明らかです。

 そうした時代にあって大事なのは、マネジャーであっても臨機応変に求められた仕事をこなしていく能力です。「仕切ることができる俺」ではなく、「その職場のマネジャーとしての仕事をこなす人」が求められているのです。

 もちろん、みなさんはマネジャーで終わるつもりはないでしょう。もっと高みを目指すか、あるいはいずれ独立を考えているかもしれません。