「意識高い系」という言葉がすっかり世の中に定着しました。今さら私が説明するまでもなく、やたらと前向きな自分をアピールしたがる若者をやゆする意味で用いられています。

 企業の人事担当者に話を聞いてみると、最近は、アルバイト採用でも、ことさら高い意識を漂わせる大学生が増えているとのことでした。

 私の世代から見れば、空回りしている彼らが痛々しくもあり、若者同士の間でも、意識高い系の人間はちょっとうっとうしい存在になっているようです。

 それにしても、なぜ「意識が高い」ことがやゆの対象になってしまうのでしょうか。おそらく、多くの人が「意識だけではどうにもならない」ということを分かっているからです。具体的行動よりも意識が先行しているケースでは、なかなか結果につながらないことを分かっているからです。しかし、分かっているにもかかわらず、誰でも同じようなことをやってしまいます。

 ビジネスの現場でも「意識」という言葉はしょっちゅう出てきます。

 ある食品メーカーの工場では、ロッカールームから出てすぐの通路に、「一瞬の気の緩みが企業の信頼を根底から失墜させてしまうことをいつも意識せよ」と書かれた紙が貼ってあります。とても大きいので、嫌でも従業員はそれを目にすることになります。目にすれば、「今日も気を引き締めていこう」とは思うでしょう。でも、それと行動とは別物です。

 実際にこの工場では、ときどき異物混入などのミスが起きます。ただ、今のところ出荷前の段階で見つかっているために大問題には発展していません。しかし、このままではいつか「企業の信頼を根底から失墜させてしまう」事故は起きるでしょう。

 意識だけでは、それを食い止めることはできません。大事なのは、従業員にとってもらいたい行動を具体的に示すことです。それをせずにいて「あれほど意識しろと言ったのに」と嘆いても遅いのです。

 「もっと意識を高く持て」

 「状況を意識して動け」

 「自分の意識次第だよ」

 あなたはこんな言葉を部下に投げていないでしょうか。もし覚えがあるとしたら、マネジメントの手法について、今一度振り返ってみましょう。

 以前、小売り関係の企業で研修を行った時、やたらと意識という言葉を使いたがるマネジャーがいました。その理由を探っていると、どうも彼は「具体的行動について指示を与えるよりも意識に訴える方が、レベルの高いマネジメントが可能になる」と思い込んでいるようでした。

 こういう誤解をしているマネジャーは結構います。彼らは、意識という極めて曖昧なものを過大評価しているようです。