40歳を迎えたばかりのA氏は、人材派遣を主業務に業績を伸ばしている企業で課長職を務めています。そんなAが最近、衝撃的な出来事に見舞われました。

 5人の部下のうち、20代後半のB氏が、月曜日の朝の会議に姿を見せなかったのです。最初は、電車の遅れでもあったのだろうと気にしませんでした。すぐに本人から連絡が来ると思っていたのです。

 しかし、だんだん心配になってきました。

 「何か事故に巻き込まれたんじゃないだろうか。それとも急病か?」

 そのまま連絡がなかったら、会議が終わりしだいB氏の携帯に電話してみるつもりでした。

 1時間以上かかった会議がようやく終わり、自分のデスクに戻ると、1枚のメモが置かれていました。

 「○○社のCさんという方から電話がありました。Bさんのことでお話があるとのこと。また掛け直してくださるそうです」

 A氏は「ドキン」としました。警察や病院の関係者ではなさそうです。しかし、○○社という名前に覚えはありません。

 掛け直してくるのを待たず、そのメモに残されていた番号に電話してみました。すると、相手はこう語り始めました。

 「お電話いただき恐縮です。実は、私どもは退職代行を専門にしておりまして……」

 B氏から依頼を受けて連絡をしてきたというのです。

 最近、退職手続きを代行するサービスが増えており、ネットでもいろいろ紹介されています。A氏もうわさには聞いたことがありました。しかし、それを利用しなければならないのは、よほどのブラック企業に勤めていて、簡単には辞めさせてもらえない人たちだと思っていました。まさか、自分の部下が使うとは想像だにしませんでした。

 「有給休暇が18日分残っているので、それらを消化した日を退職日としてほしい。体調が優れないので、必要な書類の提出や私物の整理についても、できる限り○○社に代行をお願いしたいと思っている」

 これが、○○社から伝えられたB氏の要望でした。

 「なぜ、直接言ってくれないのだ。なぜ、こんな方法を取らなければならないのだ」。A氏は、怒りとも悲しみとも違う、なんともいいがたい虚脱感に襲われたそうです。

 結局、B氏は退職日に短時間しか姿を見せなかったために、仕事の引き継ぎもほとんどできませんでした。突然、退職代行業からの電話を受けたショックも冷めやらない状況で、ほかの部下に仕事を振り分け、B氏が担当していたクライアントに不手際を謝罪して回る日々がしばらく続きました。