井上 俊明
日経BPビジョナリー経営研究所主任研究員、日経トップリーダー編集委員

 「健康経営の目標の一つは、従業員に元気で定年を迎えてもらうこと」――。現場で健康経営に取り組んでいる関係者から、時々聞かされるコメントだ。定年で退職金と自由に使える時間を手にしても、心身があちこち傷んでいては生かしようがない。自らのハッピー・リタイアメントにつながるのであれば、従業員も会社の方針に沿って、健康づくりに取り組んでくれるだろう。

 しかし、元気で定年を迎えたところで、ハッピーとは限らない。本人は「健康で体力もありまだまだ働ける」と思っていても、一定年齢に達すれば一律に退職せざるを得ないのが大半の日本企業の定年制度だからだ。

 現在、法律上の定年は60歳。高年齢者雇用安定法の改正を受け、2025年度までに希望者全員の“65歳定年”を目指し、企業は雇用継続年齢の引き上げに取り組んでいる。多くの場合、定年は60歳のままで、その後は会社と有期労働契約を結んだ非正規社員に。その際、会社が契約しなくてもいい従業員は、解雇に該当するような場合(健康面でいえば、精神または身体の障害により業務に耐えられないなど)に限られている。

退職後に問われる健康経営の真価

 つまり、在職中の健康づくりの成果と定年後の労働契約の間に、それほどの関係はないといえる。健康状態が良好だから特別に契約期間を長くするといったケースも、まずないと見られる。

 改正前は、就業規則に規定を置けば雇用継続の対象者を限定することができた。定年時の健康状態で雇用継続の可否を決めることも認められていたわけだ。企業にとって、健康づくりの意欲をかき立てるという点では、その頃の方がやりやすかったともいえる。健康度にほとんど関係なく決まっている現在の定年は、健康経営のゴールとしてはふさわしくないのではないだろうか。

 加えて、健康経営の成果はむしろ会社を退職してから問われるということもある。会社から離れれば、定期健康診断の受診義務もなく、社員の健康管理を担う産業医もいない。こうした中で健康を維持・増進し、健康寿命を伸ばしていくことができるかどうかは、その人自身の自主的・自発的な取り組みによるところが大きい。このような能力を身につけた従業員の育成こそ、健康経営の真の目的のはずだ。

 健康経営が成果をあげるためには、従業員一人ひとりの協力が欠かせない。厚生労働省の審議会が、健康づくりについて保険者のみならず個人へのインセンティブについても検討してきたのもその表れだ。金銭や物品以外に、定年延長というインセンティブがあってもいいのではないだろうか。

 現行制度でも、65歳(2016年度は62歳)超の雇用継続の判断に際しては、健康度を考慮しても差し支えない。「健康定年制」が拡大すれば、健康経営の効果にきっとプラスになるはずだ。