前回の記事では、労働者の「自己管理能力」について触れました。いつでもどこでも連絡がつき、仕事ができてしまう時代だからこそ、しなやかに生き抜くためにぜひ磨いてほしい力です。

 しかし、主治医からの指示で「体調が悪い時は無理しないように」言われているからと、体調不良を理由に突然休む「突発休」や「無断欠勤」を繰り返してしまう行動は、ビジネスパーソンの自己管理とは言い難いものです。疲労蓄積を感じたら、出社できない体調になる前に、計画的に休暇を取得する、定時で帰る日を設定する、休日に予定を詰め込まないなどあらかじめ休息の機会を設けてコントロールしていくことが健康の自己管理といえます。

 ただし、健康管理は自己責任のみで行えるものでは決してありません。メンタルヘルス、長時間労働やハラスメント被害などの職場の健康問題は本人の努力だけではどうにもならないことが多々あります。昨年大きな関心事となった、広告代理店での過労死事件など、職場の環境要因から改善が必要なことは明らかです。今回は長時間労働と過労死についてお話ししたいと思います。

求められる管理職や経営層の理解と対応

 過労死は防ぎ得るものですから、このニュースは非常に残念です。これだけ国を挙げて長時間労働の問題に取り組んでいる中で、なぜ再び起こってしまうのか。世間から批判殺到になったコメントがありましたが、炎上しかねない経営層の声を私自身も実際に耳にして、絶句してしまった場面がありました。

 「東大を卒業して、有名企業にまで入ったのに、残業100時間で死んでしまうなんて情けない」と複数の従業員の前で発言してしまう経営者。自社でも長時間労働が常態化しており、対策を講じるのが先決にもかかわらず「仕事をとってくるビジネスチャンスだ」と部下に対して言ってしまう管理職。厳しい競争を生き抜いてきて、会社の経営責任を負っている立場からしてみれば、前述のように考えてしまうこともあるのかもしれません。しかし、管理職や経営層がこのような考えでは、長時間労働や過労死・過労自殺が日本から消えていく道のりはそう簡単ではないと感じざるを得ませんでした。

 顧客ニーズに応えるため、競争に勝ち残っていくため、限られたコストと人員で対応し、その結果として長時間労働をせざるを得ない実態があります。しかし、その割に日本の生産性は先進国の中でも低いともいわれています。業務負荷に対して長時間労働で対応していく解決方法を社会全体で本気で根本的に見直していかなくてはいけない時期にきていると感じます。ノー残業デーや労働者個人に「早く帰りましょう」と呼びかける対策をよく目にしますが、これだけでは効果は限定的です。個人へのアプローチだけでなく、やはり、組織全体で業務量・優先順位・スケジュール管理・人員配置などを見直していく必要があります。

 長時間労働の実態や弊害を現場からいち早く感じとる人事部門。人事部は改善の必要性を痛いほど分かっていて、改善すべく動こうと試行錯誤しているものの、経営層の理解が得られず、結局のところ対策が上でストップしてしまっているケースも多々遭遇します。ボトムアップで有意義な意見が出てきたとしても、経営サイドに理解がなければ実行されることは難しいでしょう。日本から長時間労働を絶っていくためには経営サイドの理解、そして方針転換が必要です。

 長時間労働が多いと、別の問題に直面する企業が増えています。実は、長時間労働が多い職場は、産業医から敬遠される傾向にあります。理由は産業医業務の大半が長時間労働の面談に追われる形になること、訴訟リスクが高いこと、面談で会う人会う人が疲れて生気がなく会社の愚痴・不満ばかりを聞くことになる、などが挙げられます。産業医も人間ですので、気持ちよく働きたいという思いは潜在的に持っているものです。

 長時間労働が常態化している会社では、産業医を募集しても集まらないなど優秀な産業医に出会うことができないリスクも高まっているといえます。長時間労働への面接指導など適切な対応を取ろうにも、対応してくれる産業医が見つからずにできない、といった悪循環になりかねません。こういった側面からも経営層から長時間労働の是非を見直してほしいと切に願います。